小雨の帰り道

 三年生 修学旅行というイベントがこの公立高校には梅雨に組み込まれている。


「じゃっ説明するんごっえーっと、行き先は奈良!」

 もう少し教師らしく話していただきたい。

 奈良といえば、大仏、鹿が一番に頭に浮かぶであろう。


「先生!新幹線でいくんですよね?」

「そうだな。こんなかに貸切バスで行きたいチャレンジャーはいるか?」

「「…………」」

 バスなら一晩バスの中である。


「えーっと、寺巡って〜鹿に餌やって〜ならまちっていういい感じの町散策して〜旅館でお前らはしゃぐんだろ。誰好き彼好きってな。そんな感じだ。」


 これは、生徒ではないあくまで担任村上先生の説明である。


「楽しみだねーっ」

「でもさちょっと地味じゃね?沖縄とか行きたかったわ」

「しがない公立だもん。仕方ないよ〜」


 一方隣の一組は


「では皆さん、今後の学活の時間奈良の歴史、文化、様々な角度から調べましょう。知って訪れるのと知らずに訪れるのとではひと味も二味も違うものです」


 なんと落ち着いた担任教師。これは保護者からそのうちクレームが来るやもしれない。


 幸太郎は寝ているのか起きているかも分からないくらいに覇気のない顔でボケっと前を見ている。


「幸太郎君、彼女とお盛んで寝てんじゃん」

「起きてる」

 と最大限に目を見開くのである。ただ周りは無反応。おでこの筋力をグイッと力いっぱい縮ませ目を見開いたが傍から見れば普通の目くらいだからである。



 ファミレスでのバイト


「あれ?こーちゃん なんで?」

 この日は勝太郎とバイトのはずが、幸太郎が居るのである。

「まさかっしょーたろ、ズル休み?」

「違う 俺が変わってもらった」

「……」

「あ、杏里と予定合わせるために」

 真っ赤な嘘である。疎遠になった少しまた痩せて彼氏まで出来たという天音に会いたかっただけである。


「あ、そっか」

「天音 また痩せたんじゃないか?大丈夫か。ちゃんと食べてるか」

 心配するほどではないまだ蓄えはある。

「やっぱり恋したら痩せるのかな〜」

 また真っ赤な嘘である。恋なんてしていない。いや、恋に似た感情ならとっくの前に今目の前に居るパッとしない幼馴染にしている。叶わぬ恋を秘密の想いをぐっと押し殺し今に至る。


 ピーン

「ちょっと、すいませーん」

「はいっ」

「あなたでしたよね。注文聞いたの。AじゃなくてBセット頼んだんだけど」

「あ 申し訳ございません。すぐに取り替えます」

「いや もういいけどさ。いやだね若いトロそうな子ってドジで」

「申し訳ありません。気をつけます」

「違うこと考えてんじゃないわよ」

「す すいません」


「すいませんっ。僕が注文作り間違えました。あのこれ良かったらどうぞ。今後このような事の無いよう気をつけます」

 ポテトとBセットにつくはずのサラダを追加で持ってきたのは幸太郎である。

 無論、間違えたのは天音であった。が相変わらず優しいことをしてしまう男である。


「あんた、ボケっとしてっからよ。まあもういいわ。ありがとね、これ」


 厨房カウンターで、天音は小さく手を合わせた。

 幸太郎は厨房に「ありがとうございました」と礼をいい天音の少し掴みやすくなった肩をくいっとひと揉みした。



 バイト帰り


「あれ?杏里は?」

「今日は来ない。」


 杏里はそもそもバイトに来てるのを知らない。遅番の為女子がで歩く事もないであろう時間だ。


「あ、雨?」

 ザ―――ッ

 暗い空からザーッザーッ降り出した突然の雨に走る二人。雨宿りをした場所はかつて幸太郎が杏里にキスをした場所だ。


「わあ これは止むまで無理だな」

「うん 通り雨かな」

「うん」


「天音」

「ん?」

「うまくいってるんだな 彼と」

「うん」

「ちょっとでも困ったら言うんだぞ。何かあったら」


 困りきった結果が今のニセ彼氏を生み出したのである。そもそも付添人である事が大変なのである。しかし何も言えない天音は頷くだけであった。

 随分このぽっちゃりちゃん、頷くだけで様になるようになったのだ、哀愁が漂う。頷いても二重あごには、少しだけなるほどであった。


「こーちゃんは?杏里と幸せ?」

「うん 大事にしようと思う」

 その言葉を聞いて一気に鼻がツーんとした天音は小雨になった空を見上げ、己の目尻からも小雨がこぼれ落ちないよう努めた。


「もう行こっか 止んだかな」

「おう」

 と、自分のかばんからファミレスのエプロンを出しピンと張りながら天音の頭上を覆う幸太郎。二人の距離は近くなる重なりながら小雨の中を歩く。


「いーよ こーちゃんっ」

「今日くらいこんな事させてくれよ」

 と小さな呟きは天音の耳にしっかり届いた。

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