腐れ縁とも言える友人が出て行った後。二人はそのまま作業を続けていた。


「キーストンを前にいつもと変わらず……ですか」


 唐突に話し始めたのはルイスだ。


「ああ、そうみたいだな」


 しかし、カイニスは特にそれを咎める事はなく、むしろそれに答えた。


「しかし、調べたところによるとステファニー嬢はどうやら……」

「クリスの妹……だろ?」

「ああ、なんだ。すでにご存じでしたか」

「目の前の紙にちょうど書かれていたからな」


 意外そうな表情を見せるルイスに、カイニスはぶっきらぼうに言いつつも、目の前の資料に目を通す。


「それに、ラーナ家の当主は『地』の魔力を持っているが、ステファニー嬢は『火』だった。そして、クリス本人は何も言っていないが……」

「なるほど。クリスは『火』の魔力を有している……と」


 基本的に、魔力は両親どちらかの魔力を受け継ぐ事が多く、ティアの様に全く新しい魔法が発見されるのは珍しい。

 ちなみに、アリシアの場合は両親の魔力を受け継ぎ、応用しているのでティアとは少し話が違う。


「しかし、普通は自分の妹だと分かっていたのであれば、修道院に行った……いえ、目に余る行動の話が出た時点で何かしらの接触がありそうなモノですけど」

「物心がつく前に引き離されていたのであれば、妹が自分の兄に気がつく事もないだろう。それに、ラーナ家はクリスを引き渡す代わりにヴァーミリオン家から手切れ金をもらい交流を絶たれている」


 そう言ってカイニスは持っていた資料にサラサラとサインをし、箱に戻す。


「まさか、目先のお金の為に先代が築き上げてきた関係を自分から断ち切るとは……先代も思っていなかったでしょうね」

「――とにかく、本来であればそこでクリスもラーナ家との関わりはたたれるはず……だったのだろうが」


 話はそう簡単なモノではないらしく、カイニスはルイスにある資料を渡した。


「コレは?」

「クリスの生い立ちを含めた調査資料だ。クリスはラーナ家に拾われる前はスラム街にいたらしい」

「スラム……ですか」


 どの世界にもくらいという名の『差』というモノは存在する。カイニスやルイスは将来国を背負う立場として、それらの『差』を少しでもなくす事は目下の目標で、ずっとついて回る問題の一つだろう。


「そして、この頃から妹はいた様だな。しかも……」

「……なるほど。病弱ですか」


 ルイスはさっと資料に目を通し、カイニスの言葉に続ける。


「これらの情報から推察するに……ラーナ伯爵はクリスの妹の治療費を肩代わりし、妹の安全は確保するという事を約束し、クリスをヴァーミリオン家に送ったのだろう」

「確かに。それであれば、一応筋は通りますね」


 しかし、クリスは今まで自分の妹の心配をしなかったのだろうか。


「――それは俺たちでは分からない。もしかすると、ラーナ伯爵から自分の存在を言わない様に脅されていた可能性もあるだろうが……」

「確かに、仮にアリシア嬢を殺害する事に成功していたとしても、クリスが捕まり、ステファニー嬢との関係を言われては困りますからね」


 ルイスは納得した様に頷く。


 そして、コレがアリシアの知らない『隠しルート』でこのルートの『攻略対象』はクリスだったのだが……この二人には関係のない話である。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「――それを踏まえて考えると、クリスは自分が利用されている事に気がついていたのかも知れませんね。だからこそ、今まで何も行動を起こさなかった」

「ああ。そうだろうな」


 二人はクリスとは、賢く冷静に周りを見る事の出来る人物と認識している。


「だからこそ、こうなる事も覚悟していたのかも知れませんね」

「ああ……そうかもな」


 クリスはラーナ家に拾われ、妹の治療をしてもらい安全も確保された。一応『恩』というモノはある……のかも知れない。


「もしかしたら、その思惑に気がついた時には引き返せないタイミングだったのかも知れませんね」

「……そうかも知れないな」


 二人が眺める資料には、クリスがヴァーミリオン家に仕え始めた年齢が書かれていた。

 それから考えるに……とてもその年でラーナ伯爵の思惑に気がつけという事の方が酷な様に思える――。


「それで、どうしましょう。一応、未遂とは言え命令を受けていたのは事実ですが……」

「そうだな。だが、それを決めるのは俺たちだけでは役不足だろう」

「そうですね。ちゃんと彼の大元の主にも聞かないと……いけませんね」


 そう言いつつルイスが後ろを振り返ると……そこにはキーストンが帰ってから今までの話を無言で二人の会話を聞いていたヴァーミリオン公爵の姿があった。

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