第160話 噂雀たちに二つ目の種



 外からの横やりの可能性を想定していなかっただなんて事、もちろん嘘に決まっている。

 しかしそれをセシリアはヘンゼル子爵夫人に悟られるような事はしない。

 

 それでも子爵夫人の口角が僅かにヒクリと上がったのは、セシリアが言う『大人』が何を内包しているのかを適切に理解したからだろう。


「えぇ私も聞きました。セシリアさん達、課題に便乗して黄金を稼ごうとした商人に手を焼いたのですって?」


 触られたくない所を避けて、話題の中心をずらして固定化する。

 この彼女の話運びは、そういった社交技術の一つである。


 こちらが話を絞り込む前に話題の局所化を狙う事は社交界ではよく為されるが、それはすなわちそちらには触れられたくないという消極的な意思表示でもある。

 今の流れに従うかそれとも敢えて更に踏み込むかは、こちら側に選択権がある。


 話が早いのは、間違いなく後者だろう。

 しかし前者は関係性を崩さずに相手を上手く利用できる目が残る。

 一体どちらが結果的に効率的かは、目に見えて明らかだ。


「えぇ。色々と妨害工作を受けましたが、最終的には折衝沙汰にまでなりました」

「あらそうなの? セシリアさん、お怪我は?」

「全くありません。うちの護衛は優秀ですから」


 言いながら、チラリと後ろに目をやってみせる。

 その目の動きに合わせて子爵夫人とはじめとした夫人方の視線が一気にユンへと向いた。


「その子は今年からかしら? 執事の時もそうでしたけど、セシリアさんの連れはみんな若いのね」

「二人とも今年で15になります。若いですがもう成人に近いですよ」

「それでも若い事に変わりはないわ。経験が浅いとどうしても、能力面で不安が残らないかしら」

「ゼルゼンもユンも、自らの職務をきちんと果たしてくれていますよ。まぁしかし、だからといって折衝沙汰を引き起こした相手を許す気にはなりませんが」


 やんわりとしたあなどりに、遠回しの「許さない」宣言を告げる。

 声色こそふんわりとしていたが、その裏に確固とした怒りがある事には、おそらく子爵夫人くらいは気が付いただろう。

 気が付いてもらわなければ困る。


「その護衛騎士、貴女が買うくらいには実力があるのかしら?」

「心配頂きありがとうございます。従者を自慢するようですが、これでも彼は優秀ですよ。私の護衛がてら彼も学校に通っているのですが、騎士科一年の学年末試験では一位でした」


 護衛の実力について探りを入れてくる彼女に、セシリアは敢えて情報を開示する。


 牽制という意図もあるが、オルトガン伯爵家は中立とはいえ今回のように他派閥から直接的に攻撃を受ける事も多い。

 少し調べれば分かるような事を知られたからと言ってそれで負けるようでは、この先伯爵家の護衛は務まらない。

 もしこれでこけるようならば、大きなヘマをする前に護衛騎士から退いた方が身の為でもある。

 

「たしか騎士科の一年だと、確か試験内容は実技だったかしら?」

「えぇ。まぁ本人は『もしお腹に穴が開いていなければ、こんな辛勝じゃなくて余裕で一位を取れたのに』と悔しがっていましたが、もしもを語って悔しがるようではまだまだねと言っておきました」

「あら、それは手厳しい」

「それ程でもありませんよ」


 サラリと言ったセシリアのこの言葉には、おそらく謙遜の類は見て取れなかったのだろう。

 子爵夫人が少し呆れたように苦笑しているが、セシリアとしては事実として手厳しいつもりなど無い。

 オルトガン伯爵家の護衛騎士にはそのくらいの事は求めて当たり前だし、ユンにはそれが出来るとも思っているからこその言葉なのだから。


「しかし残念です、折衝沙汰の犯人は既に王城の牢獄の中。私が手を出せる領分を越えてしまいまいたから、許さないまでも制裁を加えるには至りません」


 さも残念そうな顔と声でセシリアが話を戻すと、他の夫人が話に乗ってくれる。


「セシリアさんに危害を加えようとした者は、確かあのリッテンガー商会の商会長なのですよね?」

「えぇ、よくご存じですね」

「フリーマーケットの二日目、丁度私も訪れていたのです。活気があってお忍びとしては実に楽しい催しでしたわ」

「お褒め頂き光栄です」


 サラッと周りを見渡すと、同じ輪の中の夫人たちは全員おおむねフリーマーケットには好意的らしい。

 ヘンゼル子爵夫人以外は、どうやらこの件の裏は知らないようである。


「商会長・リッツの処遇はどうなるのでしょうね」

「平民が貴族に危害を加えようとしたのだから、結果は自ずと見えているでしょう」

「そうなると、商会の方はどうなるのかしら」


 口々に話し出した夫人方に、セシリアが一つ憶測と共に事実を突きつける。


「おそらく持たないでしょう。今回の件は評判に大きく関わるでしょうし、元々あそこはリッツのワンマンでしたから。その証拠に、皆さん今回のヴォルド公爵家の装いの変化にはお気づきですか?」

「装い?」

「言われてみれば、確かに少し趣向が変わったような気がいたしいますが」

「あれはおそらくルイーザ商会の品ですよ。これまではリッテンガー商会の品を愛用されていたようでしたが、どうやら懇意の店を変えたようですね」


 セシリアはそう言うと、ニコリと綺麗な笑みを浮かべる。


「流石はヴォルド公爵家、おそらくリッテンガー商会はもう落ち目だと、誰よりも早く気が付いたのでしょう。もしかしたら組織内の腐敗をいち早く察知したのかもしれません。なんせ特に懇意にしていたようですからね」


 礼装、特にドレスの類は、かなり前から準備していないと今日という日には間に合わない。

 ギリギリ間に合う日数を逆算してみても、リッツ逮捕の報が方々に聞こえる前に準備をし始めなければ間に合わない計算だ。



 ヘンゼル子爵夫人は未だしも、他の夫人たちが果たして上の謀略に気が付き気を回せるだろうか。

 そうでなくとも彼女たちはヘンゼル子爵夫人に侍る噂雀たちである。


 すべからく綻びは露呈するだろう。

 セシリアはそれを待つだけだ。


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