第149話 ガクブルレガシーとユン社交場騎士デビュー



 もう一度「レガシー様」と声を掛けた。

 すると今度は気が付いて、ビクリと肩が飛び跳ねさせた後振り返る。

 思わずギギギッという効果音を付けたくなるくらいにはぎこちないその動きに、思わず笑ってしまったのは仕方が無かったと思う。

 

 完全に振り返り怯えた目が私を認識した瞬間、安堵にフッと緩んだのが分かった。


「セシリア嬢……」

「レガシー様が何故ここに?」

「父上がその、『今年からは必ず行け、でなければお前の研究に使っている離れを容赦なく焼く』って言って無理やり……」

「流石にそれは大袈裟すぎません? そもそもレガシー様の研究は今や国に認められ期待される程のものですし、流石に本当に焼いたりは」

「いややる絶対父上なら。元々離れは古くって、ちょっと前から立て直しの話はあったんだ。だから『この際焼き落してしまえば解体の手間が省けて良い』って……」


 言いながら、レガシーの目が死んでいる。


 彼は結構こだわりが強い。

 おそらくその研究に使っているその離れとやらも「建て替えられても研究は続行できるけど、落ち着かないから」などという理由で拒否しているんじゃないだろうか。


「それにしてもユン、君も今年からセシリア嬢について社交場に出る事になったんだね」

「あぁそうなんだよーやっと……です」


 おそらく途中で気が付いたのだろう。

 失速した後最後だけどうにか帳尻を合わせてから、ユンがチラリと見てくる。

 セシリアは小さくため息を吐いた。

 他に人が周りに居なかったからギリギリセーフではあるが、ちょっと気を付けてほしいところである。


「あれ? ゼルゼンは?」

「あえっと、アイツは使用人扉から入って食べ物を取り繕って来るって言ってて」

「あー、そっか。君は騎士だからセシリア嬢と一緒の扉から入る事が出来るのか」


 ユンが居るからついいつも通りを想像しちゃったよと言いながら笑ったレガシーは、まだ少し顔色は悪いものの当初と比べれば幾分かマシになったようだ。


 セシリアが「まぁ会場は王国騎士が警備していますから、本当に護衛を期待してというよりは社交界の空気感に慣れてもらう為に形式的な手段を用いているだけですけどね」というと、「あぁなるほど」と納得の肯首が返って来た。


 するとちょうど、後ろにずっと人の気配が一つ増える。

 使用人口から入ってきたゼルゼンが自分の仕事をしてから戻ってきたのである。

 

 心を先読みし差し出されたスパークリングワインを、受け取り一つ口に含む。

 喉の渇きをサッと流してすぐにグラスを彼に戻してレガシーに一時期の暇を告げた。


「そろそろ私も挨拶回りに行かなければなりません」

「そっか……そうだよね」

「そんな心細そうな顔をしないでください。やる事をやったらまたお話ししましょう。もし緊張するのでしたら、あちらの飲食スペースで飲み食いしてはどうですか? ここに居るよりはまだ話しかけられる可能性は減るでしょうし、何かを嚙むと緊張がほぐれるとも言います」

「うん、じゃぁそうしてる……」


 シュンとしたレガシーにちょっとだけ申し訳なく思いつつ、彼と別れセシリアも自分のすべき事をしに行く。


 歩きながらポソリとユンが「ちゃんと執事っぽかった……」と呟いて、少しの沈黙の後声を潜めたゼルゼンの「最初から執事だわ」という言葉を返す。

 しかしどうやらユンの方は、あまりしっくりこなかったようだ。

 小首を傾げつつ「いつものお前はセシリア様の世話焼き係だろ?」などと言う。


 セシリアは「それは同じ役割でしょう?」と心の中で独り言ちた。

 執事は本来主人の世話を焼くものだ。

 主人の気持ちを察し先回りして準備を整える、日々の生活を不自由なく過ごさせるための仕事である。

 世話を焼かねば他に何をするというのだろう……と思ったのだが、ゼルゼンとしてはお気に召さなかったようである。


「俺はいつでも執事だよ!」

「いてっ」


 後ろでちょっとした小突き合いが起きたようだ。

 まぁゼルゼンの事だから、きっと周りに見えないようにやってのけたのだろうけど。



 そんな二人を後ろに連れて、様々な場所に挨拶回りをする。


 家族ぐるみでの挨拶は王族の入場後、父・ワルターが謁見を終わらせた後に行こうと決めていたから、回るのは個人的な所だけ。

 元々オルトガン伯爵家では『家族ぐるみでの付き合いがあるところ以外は、分担して人間関係をまんべんなく網羅する』という暗黙の了解があるので、自分が好きで付き合う相手以外にも、顔繋ぎや雑談を必要とする場所はそれなりに存在するのだ。


 これが意外と情報収集にはうってつけで、そのコミュニティーだけでしか流れていない情報をいち早く入手できる。


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