第六章:フリーマーケットでの借りは社交で返す

第148話 社交始まりの王城パーティーと、セシリアのヒールデビュー



 カタカタと走っていた馬車がゆっくりと速度を緩め、止まり、ドアが開かれる。

 外はすっかり夜である。

 それでもこんなに明るいのは、今日が社交初めの王城パーティーの日で、ここが参加者の入場口だからだろう。


 ユンが「おぉー、スゲェななんか」と呟きながらタラップを降り、ゼルゼンが慣れた感じでその後に続く。

 メリアは今日は屋敷内で留守番だ。


 元々王城パーティーに連れていける使用人の人数は、一人につき護衛一人と世話係一人。

 メリアとゼルゼンどちらを連れていくかという話をしようとした時、先にメリアから辞退の申し入れがあった。

 

 彼女曰く、「私はあくまでもパーラーメイドです。屋敷内での一部お世話と来客対応をするのが役目ですから、どうかお供は元々の仕事の領分であるゼルゼンにお任せください」という事だった。

 どうやら自分の仕事に誇りを持つが故の言葉のようだったので、セシリアもすぐに彼女の言を「分かったわ」と受け入れた。

 真面目なあの顔のまま「セシリア様がお帰りになった時に万全の態勢で迎えられるように、入念に準備しておきます」と内心楽しそうだったので、「なによりだなぁ」と思ったのである。


「――セシリア様」


 下りたゼルゼンが手を差し出した。

 セシリアは微笑を浮かべてから、その手を取ってタラップを踏む。



 カツンカツンと少し聞き慣れない音がするのは、今年からヒールデビューをしたからだ。

 子供の内は危ないからと履かなかったヒール靴だが、今年からはもう学生だ。

 立派なレディーに一歩近づいたのだから、そろそろ危険や苦痛よりも恰好の方を気にしなければならなくなってくる。


 個人的には必要ではない危険も苦痛も出来れば味わいたくないのだが、こればっかりは貴族令嬢としての外面というものが必要だ。

 いわゆる『伯爵令嬢としての義務』に相応するものだから、仕方がない事なのだ。

 だからもう、お願いだから。


「そんな不安げな顔しないでよ、ゼルゼン」

「――セシリア様が陰ながら支える事こそが、今日の私の責務だと思っています」


 馬車内ではオフモードで話してくれるようお願いしていたが、外に出た今どうやら彼の執事スイッチは完全に入ったようだ。

 心の中ではおそらく「セシリアはほんと、運動神経はとことん危なっかしいからな

」という所なのだろうが、こちらも今は『伯爵令嬢、セシリア・オルトガン』なのだ。

 静々とした仮面を被り、彼の心の声の方はスルーする。


「そう、じゃぁ今日もよろしくね」

「もちろんです」


 二人して猫かぶりのやり取りをしながら、最後のタラップから足を下ろした。

 するとユンがしげしげとそんな二人の様子を見て「やっぱすげぇなぁ」と独り言ちる。


「本気になったセシリア様の『戦闘服』姿、超キレイ」


 おそらくセシリア本人に向けたものではないのだろう。

 それでも聞こえてしまったら、セシリアとしては聞かなかったふりをするのもちょっと気まずい。


「褒めてくれてありがとう、ユン」

「ぅえっ?! もしかして俺、今口から声漏れてた?」

「あぁ思いっきりな。あと言葉遣い」

「あっやべ、つい……」


 口を両手でパシッと押さえたユンを見て、いつも通り過ぎてちょっと笑ってしまいそうになる。

 それでも主の威厳を保ち「じゃぁ行きましょうか」と言えば、二人の付き人が頷いた。



 毎年のようにパーティー会場の扉を潜ると、既に半数以上の参加者が先に思い思いの時間を過ごしている。

 友人と談笑していたり、家同士の付き合いで挨拶をしていたり、はたまた目上に媚びを売ったり。

 それでも入場者が現れると彼らの視線がそちらに注目するのだから、貴族という人間の人感知力は思いの外高い。


 例年と違い、今日は婚約者をエスコートする事になっている兄・キリルや、学校の用事があるらしい姉・マリーシア、先に王城に用事があったらしい両親とは別で入城している。

 おそらく周りからの注目度もそれで少しは薄れるだろうと思ったのだが、どうやらそれは高望みだったようである。


「ほぅ、また一段と美しさに磨きがかかったか」

「あれよ、学校で平民びいきをしているっていう」

「先日の王都での催しは、どうやら彼女の――」


 様々な声が聞こえてくるが、社交界においてこんなのはもう日常である。

 一々真に受けていたらキリがないから反応はしない。

 聞こえていないふりを決め込み、まずは必要な人間への挨拶を済ませてしまおうと貴族らしくゆったりと辺りに視線を巡らせた。

 が、ここで驚きの人物を見つけてしまう。


 藍色髪の少年が、顔を青くしてオドオドとしている。

 長い前髪のせいで目が隠れているから少し感情が読みにくいが、それをおいても余りある挙動不審ぷりなので声をかけるか迷うようなことはなかった。


「……レガシー様?」


 人混みが苦手な彼である。

 個人が主催するパーティーならば未だしも、こんなにたくさんの人が集う王城パーティーには未だに一度も参加した事が無かった筈だ。

 

 最初こそ「貢献課題のお陰で少しは人見知りも改善したのだろうか」と思ったが、先日のフリーマーケットの様子を見れば少なくとも人酔いはしていたようだし、劇的に改善したという事も無かった筈である。

 実際に見えた横顔は真っ青だし体も小刻みにプルプル震えているのだから、あまり良さそうとは言えない。


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