第125話 出来る訳が、ないですか?



 少し不服そうグレンを見て、セシリアは思わずクスリと笑った。

 もちろん義理堅い彼の事だ、「受けた仕事はちゃんと全うするのが道理」という気持ちもあるのだろうが、少なからず彼がこちら側に仲間意識を抱いている証拠でもあるのだろう。

 それはセシリアとしても少し嬉しい。

 が、だからといって逃げた人たちに何か思うような事はない。


「結局その5人の方々は、自ら飛躍の機会を捨てたのですよ。せっかく貢献課題の為、ひいては国の実験の為という大義名分の中で好きに学校の援助金を使えるこの機会を、です。勿体ないなとは思いますが、それだけですね。どうせ考えるなら、そのような方々の事よりも残ってくれた方々の未来について考えたいところです」

「なんかアンタ、厳しいのか優しいのかよく分からないヤツだよな」


 呆れたように言われてしまい、セシリアはキョトンとしてしまう。

 しかしすぐに回復して「そんな事も無いと思いますが」と笑う。


「私は己のすべき事としたい事を為す為に、最短距離を行きたいだけです」

「すべき事としたい事?」

「えぇ。前に話しましたよね? このフリーマーケットで、私達は環境のせいで報われない人の想いや努力を掬い上げたいのです」

「あぁ」

「そうすれば、彼らは少しずつかもしれませんが自分で金を稼ぐ力が身に付きます。その先にあるものが何なのか、グレンさんは分かりますか?」

「え……」


 突然問われて、急かされるようにグレンは少し考え込んだ。

 それでもどうやらすぐには思い当たらないらしい。


 否、違う。

 おそらく考えた事も無い事だから、無意識的にその可能性を除外しているのだろう。

 自分が今いる場所が当たり前の場所や状況や概念そのものを疑う余裕が無かった彼には、少し難しい問いかもしれない。


「貧民街の撤廃ですよ」

「そ、そんな事、出来る訳が――」

「ないですか? 上手くやれば、この先王城だってこの催しに協力してくれるかもしれないのに?」

「……王城が貧民を雇ったりはしないだろ」

「そうでしょうか? 平民を採用するよりも、今回できちんと慈善事業の一環だという印象さえ付けられれば、予算はそちらから出ます。結果を出せば国民にアピール出来ますからね。可能性は高いですよ」

「そんなもんなのか? 国ってのは」


 片眉を上げて「解せぬ」とでも言いたげな顔で言ったグレンに対しセシリアは簡単に頷いてみせる。


「王族は、とりわけ今代の国王陛下は世論を結構気にしていますよ?」

「何でそんな、まるで知り合いの事みたいな言い方を――」

「まぁ私が望む・望まざるに関わらず、陛下とはお話しする機会がありますからね」

「うへぇ、マジで知り合いなのかよ」


 セシリアの言葉に、グレンはどうしようもなく苦い物と食べた時のような顔になっている。

 しかし心情的にはセシリアも大いに同意するところではあるので、一つ忠告しておくことにする。


「陛下との謁見はひどく面倒臭いので、しない事をオススメしますよ?」

「良い笑顔で言ってんなよ。そもそも俺にそんな機会が来るはずないし、万が一にも来ちゃったら、俺の方に拒否権ないだろ」


 流れるようなそのツッコミに、ランディーが「その通り」と頷いた。

 流石に実感がこもっているからか、真顔の深い肯首には妙な説得力がある。


 その表情に、「セシリア様と一緒に居るといつもそういう感じだよなぁ、分かる分かる」とユンが苦笑したところで、「セシリア様」と声を掛けられた。


 振り返ると、そこには何やら決意の滲んだ顔をしたトンダと彼が立っている。


「来ました」

「分かりました」


 短いが互いに何をすべきか心得ている物言いだ。

 それを見て「どっかに行くのか?」と聞いてきたグレンに、セシリアはニコリと微笑んだ。


「えぇ、少しに」


 そう言って、彼女はランディーと従者を引き連れトンダと一緒にとある場所へと歩き出す。

 目的地は、出店者の為に開けている搬入口の内の一つ。

 そこに、セシリア達の『敵』が居る。


 

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