第102話 この忙しさは、別に嫌いではない ~アンジェリー視点~
寄付・出店の受付開始、初日の放課後。
貢献課題で割り当てられたとある空き教室は、大繁盛と言っていい人の集まりだった。
フリーマーケットの出店・寄付それぞれに質問用のブースにはズラッと人が並んでいて、この試みへの関心度の高さが見て取れる。
その一角、寄付関係を取り仕切っているのが、誰でもない商品管理・陳列セクションリーダーのアンジェリーである。
出店の方も同じ部屋で受付などをやっているが、そっちは店経営(会計)セクションの管轄なので別々だ。
他の人たちが自分の役割を熟すのと同じく、彼女もまた自分の領分で物を見ている。
「あらかじめ質問事項をメモしておくようにと指示しておいたけど、これは正解だったわね……」
ため息を吐きつつそんな風に呟いたのは、初日にしては想定以上の人ごみだからだ。
これだけの人数になってしまうと、捌くのだって一苦労。
その上今日が初日だというのだから、明日以降の混雑具合がまるで目に見えるようである。
「今日は寄付の受付ブース、思ったよりも順番待ちが出来ているわね。段々手馴れてくるとは言っても、今日は良いとしても明日以降は複数設置しておいた方が良いかしら。そっちにヒトを割くためにも、やっぱり今日受けた質疑応答は早めに追加で張り出しておかないといけないわ」
元々皆の目の触れる所に、出店や買取の条件は張り出している。
それを見ずに質問に来てる人もチラホラ居るが、大抵は一度見た上で質問しに来ている様なので、ある程度の効果はあるだろう――などと思っていると。
「アンジェリー様!」
そんな声と共に、寄付用の質問ブースに座っている生徒の手が上がる。
そちらに行けば困り顔で「『複数人で持ち寄った結果、割引券を貰えるだけの寄付品が集められた場合、割引券は貰えるのか』という事なんですが……」と尋ねられる。
こんな風に、まだ明確に決まっていない事項に関する質問を受けた場合、責任者であるアンジェリーが呼ばれる事になっている。
その場で決めてしまえる事はアンジェリーが決め、他のセクションとの連携が必要な事は、一度質問を持ち帰る。
その辺の判断も含めて、アンジェリーの役割だ。
「一度に受付した分は許可、後出しについては不可にして」
「分かりました、ありがとうございます」
ホッとしたようにお礼を言ってくるその生徒に、アンジェリーはフンと鼻を鳴らす。
こんな風に頼られてお礼を言われる事なんて、思えばいつ以来の事だろう。
思い出せない辺りが彼女の『これまで』を如実に物語っている。
「えぇそうです。この部屋での受付は、平日の授業終了から30分後に開始して、午後5時で切り上げさせてもらっていて――」
「寄付品の持ち込みは、3日ある日程の内の2日目の午後2時までで、開催日の寄付受付場所は会場に限り――」
「複数人での出店応募? もちろん可能です。しかし1グループにつき一つのみの貸し出しになります。個人で出店する事も可能ですが、品数の下限があるので――」
「三日の内の一日だけ出店をするのも、もちろん可能――」
隣のブースだという事もあり、出店ブースの声も僅かに聞こえてくる。
それらのやり取りを少しの間聞いた後で「離れても大丈夫そうだ」と判断し、アンジェリーは寄付の受付スペースへと足を向けた。
そちらでは、受付対応する人の他に、持ってこられた寄付品を確認し物品と個数をメモする人と、提出品の傷や汚れ・壊れや破れの確認をする人。
そして渡す割引券枚数計算をする人が、それぞれに仕事をこなしている。
正直言って、手際は良くない。
が、初日なんだからパニックになっていないだけ、良しとすべきだ。
そんな風に思っていると、おずおずとした「アンジェリー様」という声が聞こえた。
振り向けば、商人科の女子がモジモジとしながらこう聞いてくる。
「あの、私、寄付品を奥に運ぶ係なんですけど、もしかしたら仮置きスペースをもうちょっと多めに用意しておいた方が良いかもしれないと思って……」
そう言われ、受付スペースの後ろに用意している預かった寄付品を集めた場所を見る。
そして「なるほど」と独り言ちた。
並べられたテーブルの上に寄付品を置くようにしているのだが、確かに意外と沢山の品が集まっているのだ。
あくまでも仮置き場なので、今日の受付が終わった後であらかじめ開けてもらっている別の部屋に運ぶ事になる。
今日の所はスペースにはかなりの余裕があるだろうが、今後の事を考えると少し心許ない気がする。
「……明日以降は下に敷き物を敷いて、寄付品が汚れないようにした上で床にも置く事にするわ。敷物については店運営(会計)セクションから出店当日に貸し出す予定のゴザを借りられるように言っておく」
「分かりました」
アンジェリーの声に頷いて、彼女は元の仕事へと戻っていく。
と。
「アンジェリー様ーっ!!」
「あー、はいはい」
また質問ブースから声が掛かり、アンジェリーはそちらへと向かう。
(全くもう、息を吐く暇もないじゃない)
不平じみた事を内心で呟きつつも、しかし彼女はこれでいて、この忙しさが決して嫌いではなかった。
――確かに忙しくはあるが、別に楽しくない訳じゃない。
そういう気持ちで呼ぶ声の下へと早歩きで向かう。
ここで走ったりしないのはきっと、伯爵令嬢としての気品の為せる業なのだろう。
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