第88話 伸ばした手



 相手に対してセシリアは、強い苛立ちを覚えた。

 しかしそれを抑え込んで、しかし彼の今の言葉だけは断固として許さない。


「『勝手に俺らを引っ張り上げればいいだろう』。これはどういう意味ですか……?」

「どういうって、アンタらは俺達を憐れんでいる。だからそんな事、言うんだろ。勝手に憐れんでそんな事を言うんなら、勝手に助ければ良いって言ってるんだ」


 その言葉で、セシリアはまた一つ理解した。

 今のセシリアが彼にはどうやら上から目線に見えているらしい、と。



 元々周りからの憐みを嫌い、ソレを跳ね退けるようにして生きてきたグレンだからこそ、自分ではどうにもできない境遇そのものを憐れまれればさぞかし屈辱的な事だろう。

 が、そんな彼に言い返す。

 

「貴方達を憐む必要なんて一体どこにあるのですか?」


 と。



 この言葉で、彼は一瞬動きを止めた。

 しかしすぐに再起動して「だってお前、さっきそう言って――」なんて言ってくる。

 が、それをセシリアはすぐさま真っ向から否定した。


「言っていません。私がしたいと思っているのはあくまでも『手助け』です。上に向かって手を伸ばす努力さえ怠って『勝手にやれよ』なんて言うような方に、手を差し伸べて自己満足で悦に入るなんて、そんな非建設的な事を一体誰がやりたいのです。少なくとも私は嫌ですね」


 一方的な施しは、ただの依存を生むだけだ。

 やる気のない者の生活を保障して生まれるのは度を越えた甘えくらいなもので、少なくともセシリアが求める人間関係などではない。


 貴族には『ノブレスオブリージュ』という考えがあるが、甘えを生むような施しが必ずしも相手の為になるなんて、少なくともセシリアは思わない。


「でももし貴方が、自分達の利の為に目の前のチャンスを利用してやろうと思えるのなら、きっといい共犯者になれるんじゃないかと思うのですが……」


 セシリアの位置からでは、下を向いているグレンの顔は陰になって良く見えない。

 だから引き結んだ口元が一体どういう意味を持つのか、計る事は困難だ。



 確かに彼から見てみれば、この話は

 疑心を抱くのは正常だ。


 たとえノイという共通の知人がいるとは言っても、それを振り払い未来に手を伸ばすのには、それなりの勇気が必要だろう。

 一種の博打的な決意さえ、必要になっているのかもしれない。

 

 しかしそれを分かっていて尚、セシリアは確信を持っている。


 彼の目の中に燻る「這い上がりたい」という野心と、口では皮肉を言いつつもこちらの言葉に耳を傾け続けた姿勢。

 この二つを持つ彼ならば、この一歩をきっと踏み出す。



 だから敢えてセシリアは、更に挑発じみた決断を迫った。

 

「貴方にはその勇気がありますか? 諦めるでも嘆くでもなく、現状から一歩を踏み出す勇気が。私のこの手を取る勇気が」


 そう言って伸ばした手は、彼に握手を求めている。





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