第69話 バカは最後までバカだった。



 説明の第一声に、3人が目を剥いたのが分かった。


「私、皆さんが幸せになる様なことがしたかったのです!」


 彼等が動揺したのも無理はない。

 弾んだ声はハイテンション、今までの令嬢としてのセシリアからはかけ離れた言葉の軽さだったのだから。

 

 しかしそれに違和感を感じる事が出来たのは、普段のセシリアを知っている者だけである。

 当たり前だが、目の前の男が知る由も無い。



 彼はおそらく「やはり」と思ったに違いない。

 

「あー、それはとてもいい心がけだなぁ」

「本当ですかっ?」


 あからさまな棒読みをした彼に合いの手を掛ければ、適当にうんうんと頷く。


「『フリーマーケット』の概要は提出した資料の通りです。ご覧いただけていますか?」

「あぁこれだろう?」

「えぇそうです! 王都の大きな中央広場を使って、人もいっぱいいっぱい集めて、平民の方だけじゃなく貧民の方も一緒に皆さんで仲良く出来たらなと思っているのです!」

「ふーん、いーんじゃないですか?」

「そう言っていただけて嬉しいです!」


 さも子供の思い付きのような顔でポンポンと言葉を並べながら、セシリアは顔の前で喜ぶように手を合わせた。


 相手は子守りでもしてる気なのだろう。

 窓の外を眺めながら相槌を打ち始めたのでわざわざこうして顔を隠す意味も無いかもしれないが、念のための措置である。


 そうやってチラリと左を見遣れば、そこにはポカンと口を半開きにした3人の顔があった。


 あまりのポカン顔に思わず吹き出しそうになるが、ここで欲望に負けてはいけない。

 内心で笑いを押し留めつつ、ハンツに目で合図する。


 彼には元々今回も、議事録の作成をお願いしていた。

 前回とは違い、今回はここで書いて合意のサインをその場でもらう。

 それを2通用意して、それぞれに所持しておくというのがルールだった。

 

 だからハンツにはその原本を、隣に座るノイにはハンツが書いたものを写す形で書いてもらう事になっている。

 つまりハンツが書き始めなければ、折角のこのアホのような劇場も何の意味も無い時間に成り下がる。



 セシリアの視線にハンツはハッと我に返った。

 まだ真っ白な紙にすぐに向き合い、ノイもその姿に倣う。

 すぐにカリカリという音が僅かに聞こえ始めた所で、セシリアは言葉を続けた。


「出店は主に平民と貧民の方で、貴族の方は学校伝手に参加いただけると思います

! 期間は……3日間あれば楽しそうですよね! 先生にも相談しましたところ、『3日間なら大丈夫だろう』と仰っていましたし」

「フーンそうなの」

「街の皆さんには私達でお知らせします! 国の方にはそれらの活動をする許可とお店募集の窓口設置に関する人手を2人だけお貸しいただきたいのです。詳しいお話については次回以降に詰めさせていただくとして、今回はその了承だけ、頂きたいと思いまして」

「あー、うん。それなら良いですよ」

「ありがとうございます!」


 必要事項をまるで何という事も無さげに挟み込み、彼の適当な肯首を引き出す。


 それにしてもこの男、本当にモノを何も考えていないらしい。

 全てにおいて「うんうん」「良いんじゃない?」と簡単に頷いてくれるから、こちらとしてはかなり助かる。


 

 ここまでおよそ、10分も経っていない。


 チラリと隣を見てみれば、ハンツもノイも既に筆は止まっていた。

 彼が頷いたので、大丈夫という事だろう。


「ではあまりお時間を取らせてしまっても申し訳ないですし、今日はそろそろお暇させていただきたいと思うのですが――」


 そう言いながら隣にスッと手を出せば、ハンツが議事録を渡してくれた。


 議論が白熱しなかったため、分量としてもそれほどではない。

 その上前回の教訓を活かし、今回は端的な書き方をしてくれているので読む事自体にも苦労は無かった。


 お陰ですぐにサインを終えて、ジキルに差し出しにこやかに「ここにサインをお願いします」と言っておく。


 

 面倒そうな顔をしながらも、彼はサインを手早く済ませた。

 その間にノイが写した二枚目の内容も見、漏れがない事を確認してからサインする。


 彼に渡すと「遅い」と言いたげな顔をしながら二枚目にも乱暴な字を躍らせて、そちらの方をセシリア達に突き返してきた。


 それを受け取ってお礼を言いつつ立ち上がる。


 そして「それではまた、次の打ち合わせでよろしくお願いいたします」という言葉と共に、セシリア達は、ぞろぞろと部屋を後にした。




 部屋を出て、出口に向かって歩みを進める。


 涼しい顔で歩くセシリア。

 何か考え込んでいる様子のハンツ。

 自分の仕事が大丈夫だったかと心配している様子のノイ。

 そんな中、間の抜けたランディーの声が沈黙を破る。


「何というかまぁ……、凄いんだなぁ貴族って」


 まだ些か放心したままの声のように聞こえた。

 チラリと後ろを見てみれば、案の定というべきか。

 東の国で言うところの『まるでキツネにつままれたかのような』顔のランディーが居る。


 彼が一体何についてそんな事を言っているのかはすぐに分かった。

 が、貴族を見くびらないで欲しい。


「アレは相手がただのアホだから出来た芸当、普通ならば通りません」


 こちらをアホ程見くびった報いである。


 入室時に挨拶時、会話中に、議事録にサインをさせた時。

 セシリア達は、ちゃんと彼に『機会』を与え続けていた。

 それを見事に全部スルーしてみせたアホは、精々あの議事録を上司に渡して盛大に怒られればいいのである。


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