第62話 全ては『ラッキー』で片付ける
セシリアのこの一言は、ともすれば挑発的に見えただろう。
しかしむしろアリティーは、その刺激をこそ好いている。
その上これは、国にとっても有用な試みだ。
王子という立場から見ても、協力する条件はそろっている。
――乗ってくるのは必定だ。
セシリアはそう確信していた。
そして彼は、セシリアの敷いたレールの上をゆっくり歩く。
「フリーマーケット。そんなもの、他国でもまだ聞いた事が無い。もしこれが成功すれば我が国がその先駆者になれるし、経済を回すための新しい形として『限られた期間・場所における出店の自由』というのは実に斬新で素晴らしい」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
「それで貴女は、私に何をしてほしいんだ? 国からの裏の援助?」
第二王子である彼ならば、国からの援助を取り付ける力は持っている。
彼自身、その部分に一定の自負を持っているからこそのこの言葉だろう。
しかしセシリアはゆっくりと首を横に振る。
「今回はあくまでも課題の一つとしての試みです。そこを外れて私達だけ上からの援助を頂いてしまっては、他のグループへの面目が立ちません。学生が与えられた資金と『必要各所への交渉権』という権限の中で行わねば、課題としての判定が不能になってしまいます」
「つまり君は、あくまでも課題の域を出る気はない、と」
「えぇ。それにその方が国としても勝手が良いのではありませんか?」
一応疑問という形でそう告げたものの、これはその実確信じみたものだった。
テレーサはその理由がおそらく思い当たっていない。
それが例え貴族であっても12歳の子供の思考だが、アリティーには理由が分かる。
国益につながる試みを学生の課題として試験できるメリットは、かなり大きなものだろう。
大きくこけたりしなければ、改善点を洗い出してブラッシュアップしより高い精度で流通に関する政策に仕上げればいい。
逆にもし失敗しても、所詮は学生のやった事。
国費を投じて行った結果失敗した場合の反発と比べれば、かなり小規模で済む筈だ。
故に、今回は国が必要以上に手を出さない事こそが最善である。
セシリアはそう結論を出しており、アリティーもまたその考えに思い至ったようだった。
「流石は俺の……」
楽し気に、アリティーは笑う。
その瞳は今まで以上に爛々と煌めいて、まるで新しいおもちゃでも見つけてしまったかのように楽し気だ。
一方セシリアは、そんな彼を決して良くは思えないが今回に関しては協力を要請する立場だ。
あからさまに邪険もできない。
この態度でこの言葉。
先に続くのがどういった類の言葉かなんて、容易に想像がついた。
しかしだからこそ、ギリギリのところで踏みとどまってくれた事に少なからず感謝すべきなのかもしれない。
(もしこの先を口にしてたら……。二年前の面倒事が再燃するなんて御免だもの)
言った方が彼にとってさぞ都合のいい事になるだろうに、一体何が彼の口を塞いだのか。
その理由に思い当たらないでも無いが、自分で言うには中々自意識過剰過ぎる。
だから努めて何食わぬ顔でニコリと微笑んでいると彼は、セシリアに改めてこう聞いてきた。
「じゃぁ一体何を協力してほしいんだい?」
「いずれ校内でも、フリーマーケットに出す物資の募集を掛けます。その際に、殿下、そしてテレーサ様にも参加をお願いしたいのです」
「それは良いけど……そんな事で良いのかい?」
セシリアの答えに、アリティーは少しばかり拍子抜けしたような顔になった。
それは隣のテレーサも同じで、2人してキョトン顔になる。
が、2人のこの認識にセシリアは「否」を突き付けなければならない。
「殿下とテレーサ様が揃って協力的であると内外に示してくだされば、まさか逆らおうと思う『保守派』も中々見つからないと思うのですよ」
セシリアがこれからやろうとしている事はおそらく、古き良き伝統を守りたい一部の『保守派』にとってはそれなりに目障りだろう。
その動きをけん制できるだけの力が二人にはある。
そう告げると、アリティーは少し苦そうな顔で「確かに数人心当たりがない訳じゃないな」と呟いた。
それに対してテレーサは、「しかし」と小さく反論する。
「『革新派』にも非協力的な方は居ると思います」
「それはつまり『国費を流通改善に投じるよりも、国外に対する軍事費に投じ他国への侵略を以てその費用を補填すべきだ』と考える過激な一派の事ですね?」
確認とばかりに聞き返すと、テレーサが深く頷いた。
確かに彼女の警戒するところも分かる。
が。
「『革新派』に関しては、一応グループ内にはアンジェリー様が在籍しています。加えて勿論クラウン様にも同様のお願いをするつもりです」
最悪の事態を考えて、なるべく打てる手は打っておく。
基本的に、先回りがセシリアの戦法だ。
「バラエティーに富んだ人材が周りに居て、私はとてもラッキーですね」
そのお陰で、頼みごとをする前に『関係性を構築する』という手順をすっぱり省略できる。
そう言って綺麗に微笑めば、向かいのテレーサとアリティーは互いに互いの顔を見合わせて苦笑した。
何か言いたげだったものの、結局何も口にしない。
そんな二人に「流石未来の伴侶となる者同士、やっぱり仲良しなんですね」と、セシリアは他人事のように思ったのだった。
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