第57話 それだけは、決してしてはならない事。~ランディー視点~



 目の前の光景に、思わずランディーは苦笑いした。


 『貢献課題』の打ち合わせ。

 何をするかという初歩の議題で躓いたのは、間違いなくこの場で最高権力である二人の令嬢が出た案のどれにもGOを出さなかったからである。



 二人の内の一人・セシリア様は、最初の打ち合わせでいやにもう一人を焚きつけていたから嫌な予感はしていたんだけど、その予感を裏切らずどちらも安易に案を後押ししなかった。


 それもあり膠着状態が続いていたんだが、それを破ったのもまた彼女達だった。

 ――少し過激な方法で。

 

(相手の反感を買う可能性だって十分にある方法だった。だけどこの子は……)


 セシリア様は、きっとこの課題に妥協したくなかったんだろう。

 だからこそ今まで首を縦に振らなかった。

 

 だけどこのまま続けていても一向に首を縦に振れはしない。

 だから賭けに出たんだろうと思う。


(その為に物事の本質を突き暫定対処ではなく原因対処を試みる辺り、荒療治ではあるものの確かに効果的でとても上手いやり方だ)


 大人の俺だって指摘されなければ気付けなかったその原因に、彼女はこの短期間で気が付いてどうにかしようとしてしまっている。

 その効果はあったと思う。

 何故って俺も、それに感化され始めているんだから。



 自分の考えを口にする事。

 それは貴族が居るこの場では、かなり高いハードルだった。

 

 その空気を、彼女は自らの意見と他の貴族にそれを自ら受け入れさせることによって、完全に壊してしまったのだ。

 つまりあとは個人の勇気の問題だけ。

 

 

 出される案を聞きながら、俺は「まぁ子供たちが熟す課題だからなぁ」などとどこか親目線で眺めていた。

 ――否、実際に親目線なのだ。

 俺には同年代の子供が二人居るんだから。


 しかしふたを開けれみれは、大人顔負け……いや、それ以上の事を彼女はさも簡単そうにやって見せた。



 ふと、この部屋に来る前に彼女が言った事を思い出す。


「貴方に足りないのは自分を認めてあげる事と、更に一歩を踏み出す勇気。それさえあればもっとあなたは自分の価値を示す事が出来るのに、と思います」


 一体どこまでこの展開を、そして俺自身を見抜いてたんだと思ってしまう。

 彼女は多分分かっていたんだ。

 俺が言える意見を持ちながらそれを口にしてないっていう事を。


 子供達ばかりの中に大人が一人紛れ込んだこの生活で俺は自分の価値を下に思っていた。

 実際に「年寄りのくせに」とバカにされた事が原因で腐ってしまった訳だけど、果たしてそんな環境に甘えて居やしなかったか。


(結局これも、平民と貴族の問題と同じだ。自分の地位に甘んじて、それを言い訳に勇気を出さず努力もしない。俺にはちゃんと目的があってここに来たはずだったのに)


 それは自分の未来や夢を、それを応援してくれる家族を蔑ろにしてることになりはしないか。

 そんな風に考えた。


 そして思った。

 それだけは決してしてはならない、と。


「あ、あの」


 ゆるゆると手を上げると、セシリア様と目が合った。


「はい何でしょう?」


 笑顔でそう尋ねられ、何となくだけどもしかしたら俺の第一声を彼女は待っていたのかもしれないと思ってしまう。

 が、そんな事はどうでもいい。


「その、私には新しい案など出せません。しかし今出てる案への意見なら言えるかもしれません。あくまでも大人の平民視点の意見でしかないですが……」

「そういう視点が今の話し合いには足りていないのだと思います。それに互いに議論をしていれば、そこからまた新しい意見が生まれるかもしれません。ここに居る全員の為に、良かったら話してみてください」


 そう言われ、グッと両手を握り締める。


「で、ではお言葉に甘えて……まず『貧民街での炊き出し』という案ですが、正直言って私はあまり意味のない事だと思います」


 ちょっとキッパリと言い過ぎただろうか。

 シンとする室内にちょっと怯えてしまったところで、彼女に「それはどうして?」と先を促される。


「あ、えっと、それはその……一過性の効果しか生まないからです」


 一応炊き出しも善意ではある。

 それなのに、こんな事を言っても良いんだろうか。


 そう思ってしまったけれど、ここまで行ってしまったんだから今更だ。

 もうここは思い切って全てを話し納得してもらうしかない。


「確かにその日の炊き出しでありがたいと思う人間も存在します。しかし貧困っていうのはそもそもお金が稼げないから起こる事で、一度限りの施しでその人を本当に救う事は出来ないんです」


 子供には少しキツイ現実を突きつける事になるかもしれないが、それこそ独りよがりなのだ。

 たった一度の施しで彼らを救えたと、自分は良い事をしたと思う事は。


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