第56話 勇気ある第一歩



 と、ここで一人に動きがあった。


「あ、あの、セシリア様。言いたくても言えない人も居ると思います……」


 そう言ったのは、平民の中の誰かではない。

 

「キャシーさん」


 キャシー・カロメラ男爵令嬢。

 口を開いたのは、本来ならば人前でしゃべる事も自己主張する事も苦手なはずの彼女だった。

 アンジェリーとの一件では何も言えずに、ただされるがままに虐げられていた筈の彼女である。

 

 その彼女が一人立ち上がった事にセシリアは驚き、しかし同時に嬉しくなる。



 先日この部屋でこのメンバーとファーストコンタクトを取った時にも、彼女は皆の前で発言していた。

 しかしそれは、セシリアに話を振られたという流れがあっての発言だ。

 

 もちろん勇気はいっただろう。

 しかしそれは、きっと今回の比なんかじゃない。


「キャシーさん、私はなにも意見が出来ない人を悪いと断じるつもりはありません。ただ、勿体ないと思っています」


 何事にも頭を回し自分で考え、自分なりの意思と納得の元でその行動を決めてほしい。

 望む成果はそれだけだ。

 

「この場で決定した事に対し、一人一人に自負と責任を持ってほしい。貴方方ならそれが出来ると、私は信じているのです。例えば今キャシーさんが、自分ではない誰かの為に勇気を出して今発言したように」

「セシリア様……!」


 自らの勇気と頑張りを認めてくれたセシリアに、キャシーは感動したような声を上げる。

 が、セシリアこそキャシーに一種の感動を抱いている。

 これだから人は面白い。

 そんな勇気を出せた彼女を、その変化を、セシリアはとても気に入った。

 

「一歩を踏み出す事は怖い。実は私も今まさに『私の言葉は果たしてみんなに受け入れてもらえるだろうか』と、自分の中に少なからず怖れと葛藤を抱いています。それでも一歩を踏み出したのは、このままでは変われないと思ったからです」


 変わる理由は効率化の為、ひいては自分の為である……とは流石に口に出来ない。

 しかしそれでも、出した言葉に一縷の嘘だってないから。


「どうか一歩を踏み出してください。どうかただ漫然と従う事に慣れないでください。疑問を持ち、口にする勇気を持ってください。少なくともこの場所は、誰かの意見を断罪する場ではありません」


 そう言い切ったセシリアの言葉は、一体どれだけの人間の心に刺さっただろうか。

 その数こそ定かではないが、刺さった人間が確かにいた事は確かだろう。


 

 少なくともここにも一人、彼女の今の発言とこの打ち合わせ前に聞いたとある一言を関連付けて考えられる人が居た。

 それは紫色の制服に身を包みタラリと頬に一筋の汗を流して苦笑する、一人のおじさんであった。


 

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