第54話 共犯者



「確かに平民の暮らしを守り、より良い方向へと導く事が私達貴族に課せられた義務です。その為には自らが率先して陣頭指揮を取らねばならない。その考えには、私自身も同意します。――が」


 彼等は総じて、貴族であるという事に誇りを持ち過ぎて、あるいは背負いこみ過ぎているが故に見えていないのだろうと思う。

 統治者が何たるか、を。


「それは『彼らに意見を求めてはならない』という事と、必ずしも同義ではないのですよ?」


 セシリアはふわりと微笑み、しかしはっきりとそう言った。



 その言葉にハッとした者も、おそらくこの場には居ただろう。

 しかしそうでない者も居る。


 レンディールは、正に後者という感じだった。

 小首を傾げた彼女に向かって、セシリアは具体的にかみ砕いてやる。


「例えばレンディールさんは、メイド科の生徒ですよね?」

「はいそうです」

「メイド科では、既にメイドとしての心構えなどについての授業が始まっていると聞いています。先生にはメイドとして最も大切な事は何だと教えられているのですか?」

「それは勿論『主人の為に誠心誠意仕える事』と」


 その声に、セシリアは密かに「そうでしょうね」と頷いた。

 

 セシリアは、記憶力は良い方だ。

 一度聞いたら大体の事は頭に入れて「必要である」と思った事は早々忘れる事も無い。



 彼女には4歳の時に使用人としての何たるかを見聞きする機会があった。

 その中で筆頭執事が言った言葉が正にそういう類のものであり、彼女の家では少なくとも彼女が知る限りでは、それに違える者は居ない。


 つまり、セシリアの中では『使用人』という仕事のしている人間は即ちそれを目指す人間の事であり、その気持ちこそが彼らの礎だという認識だった。


「ではそれを念頭に、もう少し具体的に考えてみましょう。貴族家出身のメイドは、将来メイド長などの皆を纏める役に付く可能性が高いでしょう。それは正に元々貴族教育として誰かの上に立つための教育が為されているためです」


 最初から土台が出来ているならば、その部分の教育の手間が省けるだろう。

 だからこそ、貴族家出身のメイドは他のメイドより重宝する。


「貴女は主人の為に誠心誠意仕事がしたい。しかし貴女自身にも仕事があります。主人に配慮するために必要な情報を、自ら屋敷内を練り歩いて得る時間はありません。となれば、どうするのが妥当でしょう?」

「それは勿論、他のメイドたちから『変わった事が無かったか』など、話を聞いて……あ」


 話している途中で、彼女はどうやら気が付いたようだった。

 自分たちが今正に「貴族だから」と足踏みしていたような事を、将来仕事に就いた時には積極的にせねばならないという事に。


「その通りです、レンディールさん。主人の事を第一に考えるのならば、周りの意見も進んで集めて自分の糧にするのが一番有用で有効な手段なのです。同じなのですよ、この場でも」


 そこまで言うと、セシリアは他の貴族達の顔も見回した。


「もし周りの上に立ち率先して議論し決定を下す事こそが貴族の姿だと思うのならば、まず初めに幅広い意見を聞いて選択肢を増やす事。知らなければ得られない選択肢・見えない現実というものがあります。例えば今、自分たちが『独りよがり』だと気が付けなかった事のように」


 因みにこれは、どの職に就いても言える事だ。


 最も上手く、効率的に物事を進める為には、まず情報が必要だ。

 そしてその情報は、なるべく広くまんべんなく、多様な意見を集めた方が良い。

 それによって新しい世界や問題点が見えるという事は、きっと今まで誰もが無意識の内に得た気付きの中にあって、普段はあまり意識できていない部分だ。


「今ここには、私達貴族の2倍近くの平民階級の方々が居ます。私達とは異なる暮らし、異なる習慣や異なる経験値を持った方々です。そういう方々なのですから、私たちの生きる世界を知らない代わりに、私たちの死角だって見えている事でしょう。――ルセイン・ルーバンド男爵子息」

「は、はいっ」

「もしかして『彼らに教えを乞うなんて恥ずかしい』と思っていますか?」

「いえ、そんな……」


 セシリアの突然の指名にビクッと肩を震わせた少年は、次の言葉に気まずそうな顔をした。


 図星なのが全く隠せていやしない。

 しかしきっと、このくらい分かり易い方が良いのだろう。

 きっとこの中には、内心では同じように思っている物の方が多いだろうから。


 彼にだけじゃない。

 そんな大勢に向かってセシリアは言葉を続ける。


「貴方のような方にこそ、今回は絶好の機会だと思いますよ?」

「え?」

「だってここは、外聞など気にしなくていい閉鎖空間。彼らに教えを乞うたところで、他に知られる事は無いのですから」


 セシリアの言葉に一度は上がった顔だったが、続いた言葉に下がってしまう。

 視線が、挙動がどこか気まずげ……否、残念そうだ。

 きっとそれは、セシリアが大義名分を与えてくれると強く思っていたからこそだろう。


 が、与えられた言葉の中に、まだ彼らが他の者達に聞く事を躊躇させる要素があった。

 だからこそ下がってしまったその視線を、セシリアは次の言葉で再び無理やり引き上げる。

 

「あぁもしかして、この教室に居る他の貴族生徒たちの事を気にしていますか? だとすれば、私を含めた全員がいわゆる『共犯者』というやつですから」


 驚きに上がった目線は、ルセインのものだけじゃない。

 この部屋の人間、隣で少し不貞腐れたような顔で座っているアンジェリーを除いた残り6人の目が、一斉に見開かれてセシリアを見る。

 

 だから彼女は言ってやった。


「だってこれだけの人数で頭を突き合わせていても尚、最善策が浮かばないのですからね」


 と。


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