第52話 混迷する議論へと、氷を突き刺す令嬢たち




 ――話し合いになっていない。

 通算3度目の話し合いの場も、正にそんな言葉を具現化してしまったような場所だった。



 1度目の話し合いでは、結局のところ全員の自己紹介と『貢献課題』そのものへの知識を深める場となった。


 これは、セシリアとしては予定通りのタイムスケジュールだ。


 終わった後でアンジェリーから一言「結局何するか、全く決まらなかったじゃない」という不服染みた言葉を貰ってしまったし、クラスメートたちに聞いたら「もう概要は決まったよ」という所が殆どだったから、きっと最初の話し合いでそこまで決めてしまうのが普通のスケジュールだったんだろうけど。

 それでもあくまでセシリアの頭の中の計算では、十分に余力のある状態だった。


 何事も、最初の地固めが大切なのである。

 学校生活だって『貢献課題』だって。



 が、問題は2度目だ。


 セシリアも、この日は概要を詰めようと思っていた。

 が、話し合いの場を見て断念したのである。

 そしてその問題点は、残念ながら3回目の今日も全く解消されていなかった。


(どうせなら互いに何か得るものがあるWinWinな話し合い、課題消化をしたいところよね)


 それなのに。

 

「やはりここは貧民街で炊き出しをするのが無難ではないですか? 持つ者が持たざる者へのノブレスオブリージュをするのは当然の義務なのですし」

「学校の課題なんですから、校内で片付くような課題の方が良いのでは? 校内販売をして、得た利益を孤児院に寄付するとか」

「しかしそれだと影響範囲が少ないのでは? もっといい成績が取れるような大々的な――」


 他の生徒も、自分たちの進捗の悪さに少し焦っているのだろうか。

 議論こそ活発に交わしている。


 が、ここに皆が無意識に抱いている『格差』が露呈している。

 気に食わないのは、その事に気付いていない者が多く、気付いている僅かな者もそれに甘んじている現状だ。


「ねぇアンジェリー様」


 セシリアは、顔を向けずに隣に問う。


「どう思います? この会議」


 この一言に、彼女はわざとらしく深いため息を吐いた。


 あからさまに「私に振らないでちょうだい」と言いたげだが、それでもセシリアが答えを待ち続けているとやがて観念したように、目の前のやり取りを眺めながら口を開いた。


「貴女は私に『私一人で出来る事など、せいぜい他の組に大きく劣るゴミ粒レベルのものだ』というような事を言ったわね」

「えぇ」

「『その程度の人なのか』と」

「言いました」


 それらは以前、誰でもないセシリア自身が彼女に発破をかけるために使った言葉だ。

 忘れている筈など無い。

 そしてあの時の発破を、啖呵を、恥じている事など毛頭ない。


「それにあえて乗ってあげたこの私が、この程度の意見で納得するとでも?」

「思いませんね」


 そう即答してやれば、彼女は「分かってるじゃない」と強く鼻を鳴らしてみせた。


 想定していた通りの言葉だ。

 そんな気持ちと共に、セシリアが内心でほくそ笑む。


 が、彼女の次の言葉には少しばかり驚かされた。

 

 先程までより少しばかり多く空気を吸い込んだ彼女は、今正に議論している者達も含めたこの室内全員に聞こえるような音量で、こんな風に言ったのだ。


「そもそもこの案は、どれもこれもが『平凡』な上に『独りよがり』過ぎるのよ」


 と。

 ツンと尖ったこの一言で、議論を繰り広げていた面々の空気が凍り付いたのは言うまでもない。



 心なしかスッキリ顔のアンジェリーに苦笑しつつも、セシリアが彼女を恨む事は全くなかった。


(まぁわざわざ議論に横やりを入れて黙っている人間を含めた全ての目を集める手間は省けたし)


 その労力を担ってくれた上に悪者役まで引き受けてくれたのだから、セシリアとしても異論は無い。



 セシリアは確かに彼女の言葉に驚いたが、それはなにも『彼女の突然の大声に』という事ではない。

 彼女の考えの方に、だ。


(今までずっと何かにつけて頭の悪い事をしてたから頭が弱いタイプの方だと思ってたけど、どうやらそうって訳でも無いみたい)


 セシリアが驚いたのは、正にその事に対してだった。



 そんな風に思うのだから、セシリア自身も勿論彼女が先ほど言い放った言葉に頷く側の意見を持っている。


 ――そもそもこの案は、どれもこれもが『平凡』な上に『独りよがり』過ぎるのよ。

 現状目下の問題は正にコレで、その原因が『ここに居る全員にとってのWinWinな話し合いが出来ていない事』である。


 そしてその根幹に巣食っている問題こそが――。


「今のアンジェリー様の言葉に頷ける方が、他にも数人居るでしょう?」


 そう言って、セシリアはその数名――何人かの平民階級の人たちに視線を向けた。


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