第十一話 フォレンツ王国のいちばん長い日 落日

アウス暦1884.5.17 19:40

アウスフィルド軍前線指揮所

アウスフィルド軍が近衛騎士団からフォリ警保局を日没後強襲、奪還。

制圧したフォリ警保局を、警保局局員との協同の元で開かれた、便宜上の協同指揮所である。

「報告、リュクサンブール宮殿オヨビ、官庁街ノ制圧、完了シタトノ事デス」

「解った。こちらに戻るよう連絡してくれ」

「ハッ」

不死兵からの報告を受け次の報告を待っていると、指揮所に知った声が聞こえてきた。

「状況は好調なようですな、司令官殿」

「鎌之助か、アニルの様子は?それと国王陛下はなんと?」

「アニルカードの方は問題有りません。国王陛下の方も、協同鎮圧も事ここに至っては致し方無い、との事です」

「…そうか」

「それと、国王陛下からの情報ですが、敵の規模は団員は8000人で、2000、3000、3000の2歩兵連隊に1騎兵連隊の編成。そして、アニルからの報告では団長を拘束し副官を殺害、これにより副団長兼第1歩兵連隊長だったリオン殿も亡き今、実質的なトップは第2歩兵連隊長のメル・ド・レノー。そしてこれを第3騎兵連隊長のゲオルグ・ド・ダラディエが支持し、行動を共にしているそうです」

「死傷者は?」

「ここ警保局はもちろん、リュクサンブール宮殿、官庁街、参謀本部の反乱軍は降下猟兵と地上軍で強襲、追撃し、9割の損害。7237人の死亡を確認しました。」

「……確かか?負傷者は?」

「数えたので確かです。後、負傷者はいません」

「……そうか。弾薬の補給及び、近隣の駐屯軍がつき次第、近衛騎士団本部の追撃に移る。ところで、秀はどこに?宿営地でも見かけ無かったが…」

「反乱が起きたと聞いた時、すぐに出撃したよ」

「何だと!?傷も癒えていないのに、いったいどこに!?」

「そりゃ、もちろん。あそこしかないでしょう、司令官殿」

「まさか!?」





19:30

近衛騎士団本部

「くそっ!!何でアウスの奴らが首都に!?」

「まさかアウスの連中と手を組んだのか!?あいつら正気かよ!?」

突然の襲撃を受け、壊滅に近い被害を出しながらも何とか撤退してきた者達の声が、本部に溢れかえっていた。

「メル…今確認したが、戻って来れた団員は736人、そのうちまともに動けるのが、500人もいない。被害が大き過ぎる!」

「だからなに?降伏でもするの?」

「メル、もう終わりだ。これ以上は……ハッ」

彼女の目には、何も映っていなかった。

今の状況も、団員も、目の前にいる自分ですら。

彼女はもう、何も見ようとしていなかった。

「……何でもない。とにかく、負傷者の手当てだ」

『リオンが死んで、子どもまで亡くして、こいつにとって現実は、直視出来る物では無くなっちまった。他の団員もそうだ。だったらもう、行き着くとこまで行くしか、もう無い』

「……すっかり日も落ちた。停戦は、今日の日没が期限だったかな…といっても、こんな状況じゃ停戦もくそも…」

「敵襲!敵襲!」

「来たか!思ったより早かったな、数は!?」

「そ、それが、一人です!」

「一人?」

急ぎ階段を登り、3階の窓から門を見下ろすとそこには、

「あれは、リオンと戦った魔槍術師!!?」

傷がまだ癒えず、包帯だらけになりながらも、野田秀一郎の姿がそこにあった。

「近衛騎士団に告ぐ!!リオン・ド・アヴェ・キュン・ロンスとの約束の下、一日の猶予を与えた!!抗戦か降伏か!!」

「何を今更…!そんなの決まって…」

「待て!…自分は近衛騎士団第1騎兵連隊連隊長、ゲオルグ・ド・ダラディエ!何故今更そのような事を!?すでに我々は諸君らと戦端を開いている!」

「…王国内の争いに、上が勝手に介入しただけだ!今、この場で、お前達はオレと戦うのかを聞いている!」

「何故そんな事にこだわる!?停戦など、もはやなし崩しになったというのに!?」

「それがリオンとの約束だ」

「!?」

「あいつは命を懸けて、その約束を結んだ!お前らを守る約束をな!他の誰が何と言おうと、オレはその約束を守る!もう一度聞く!抗戦か降伏か!?」

「…………」

「何を…今さら…」

「!メル!?」

「そのリオンを殺したのは…お前だろうが!!リオンも、子どもも、アイシャも、ソフィーも!!全部お前のせいだ!!」

「そうだ!リオン殿の仇だ!」

「副団長の仇だ!」

「ノルウェストゥ城壁の事、忘れたとは言わせないぞ!!」

「弟を返せ!!」

「父を返せ!!」

「我々は戦うぞ!!」

「………解った。ならば、戦争だ」








  ドオォォォォォォォンンンッッッ!!!

「!なんの音だ!?上は、メル達はいったいどうなったんだ!?くっ!開け!もう少しで…やった、壊れた!早く上に!」

カギの部分を鎧で何とか壊し、上の階へと急ぐ途中、

「ゲホッ、ゲホッ!何だこの煙!?火事か?」

建物の中で煙が立ち込め、至るとこで火が燃え盛る中、人の姿が見えた。

「野田殿!?」

「ああ…お姫さんかい。そういや、捕まってたんだったな…無事かい?」

「ああ…地下室に閉じ込められていた。それよりも、いったい何…が…」

周りを見渡すと、火が何かの塊を燃やして、灰の固まりがいくつも転がっていた。それも、大人程の大きさの灰の塊が…

「………野田殿、これは…いったい、何が…?」

「こいつらは抗戦、戦争を選んだ。戦争でやる事は、決まってるだろ」

「こ、これ全員…メルとゲオルグは!!?」

「それだ」

言われた方を見ると、血溜まりの中息絶えたメルと、それに手を伸ばしながら息絶えたゲオルグの姿があった。

「なかなかだったよ。二人で来た時には流石にやばかった、ケガもあったしな。それと、あんたと一緒だった副官はここに来た時、既に死んでた。入口近くに寝かせてある。とりあえず、ここから出るとしようや…何のマネだい?お姫さん」

剣を持ち、まるで仇を見る様な目をした王女の姿が、そこにあった。

「何故…何故殺した!?リオンとの約束…私へのあの言葉は嘘か!!?」

「言ったろ、コイツラは戦争を選んだ。リオンとの約束も、今日の日没までの話だ」

「だ、だから…だからと言って…人の心が無いのか!!?」

「言ってなかったか?オレは…人間じゃねぇんだよ」

「……!!この…バケモノめぇぇぇぇぇぇ!!!」







「これは、秀がやったのか!?」

かつて近衛騎士団が居を構えた建物は、燃え落ち、瓦礫の山と化していた。

その上で1人、たたずむ姿があった。

「秀!」

「ん、宮本の大将かい?全部終わったぞ」

「終わったって…ソフィー殿下は!?それに、首謀者達は!?」

「そこに寝かしてある」

見れば、4人の遺体がそこにあった。

首謀者のメル・ド・レノー、ゲオルグ・ド・ダラディエ、殺害されたと聞いた副官の…

「アイシャ殿!それに…まさか、ソフィー殿下まで!!?拘束されていたはずじゃ!?」

「副官以外は、オレが斬った」

「!?何故!?反乱軍はまだしも、何故ソフィー殿下も!?」

「戦争を選んだからだよ」

「何を…言って」

「目の前で親友殺されて、黙ってる奴なんている訳無いだろ」

「……ッ!!だ、だが我々は!!」

「こいつは戦争で、オレたちゃ侵略者だ。どう言い繕った所でな、そうだろ、宮本宗助司令官殿」

「………!」

「後任せた。疲れたから寝る」

「秀!!」

こちらを振り向かずに馬に乗ると、そのまま秀一郎は宿営地へと帰っていった。

「いやはや、困りましたな。こちらが王女殿下を斬ったとは報告出来ませんし、今回の事は、反乱の最中に凶刃で倒れたと、国王陛下にはお伝えしましょう」

「反乱軍が手にかけたことにする気か、鎌之助」

「いえいえ、そうまでは言いません。司令官殿がこれ以上の流血を望まない以上、これがベストな回答法というだけです。そうでしょう?」

「…もういい、好きにしろ。正式な講和の調印は、明日行う」

「はい。では、準備がありますので、自分はこれで…」

「………………………………」





アウスフィルド軍宿営地

         バサッ!

宮本がいる天幕の中に、いきよい良く入る者がいた。

「宗助!心配したのよ!?警保局にも近衛騎士団本部にもいないし、聞いたら宿営地に戻ったって聞くし、何かあったんじゃないかと…」

「アニル…一人にしてくれないか」

「あっ、えっと、そ、そうだ!何か煎れるね!紅茶が…」

「アニル!…出ていってくれ」

「あっ……はい」

         バサッ

「…………クソォォォォォォォ!!何故、何でこうなる!!俺は、こうならない為にも…!」

         バサッ!

「アニル!?」

         ギュッ!

「!!!?アニル、何をして!??」

「貴方は、宗助はよくやったよ。せいいっぱいやった!誰が何と言おうと、せいいっぱい頑張ったよ!だから…そんなに自分を責めないで、ね?」

「……アニル」

そう言われて、しばらく胸の中に抱かれていたが、自分がどう言う状況か思い至り、我に返った。

「ア、アニル!もういい大丈夫だ、心配無い。さっきは声を荒げて、すまなかった」

「ううん、いいよ。気にしてない、それよりなにか飲む?美味しい紅茶、煎れるわよ?」

「ああ、じゃあもらうよ。ありがと」

「うん、ちょっと待ってて、すぐ煎れるから」

         バサッ

『宗助、元気になってくれたかな?早く紅茶煎れてあげなくちゃ♪』

湯を沸かしていると後から、

「アニル」

自分を呼ぶ声がした。だが、この声は…

「総統閣下!?いかがされましたか?」

「宗助は、どんな具合かと思ってな。それで?言ったとおり落ち込んだ様子だったか?」

「……はい、ひどく落ち込まれてるご様子でした。しかし、私がいれば大丈夫です」

「…そうか。あれは甘い、人に対しても、状況判断もな。引き続き、お前が支えてやれ、アニル」

湯が湧き上がり、煮え立つ音が聞こえてきた。

「ハッ!了解いたしました!」

「では、頼むぞ…」

そう言うと不死兵は出ていき、天幕の中を湯が煮えたぎる音のみが響き渡った。

「………言われなくたって…宗助は私はが守るんだから…」



翌日、アウスフィルド・フォレンツ両国との平和条約が成立。しかし、これに不満を持つ南東部が独立を宣言、各地の抗戦派部隊も南東部に集結。それに呼応し、首都でもテロが横行。

平和とは程遠い日々が、続く事になるのであった。



アウス暦1884.5.18

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