一 長いものに巻かれて
最速の移動都市を造る。それが、私の夢だ。
しかしその夢も、ここ数日は悪夢に上書きされている。真っ黒な煙で進むべき道を見失ってしまったかのようだ。
「さあ、移動都市レース二十二日目。全二十八日の期限までレースも残すところ一週間、大詰めとなってまいりました」
午前九時。ラジオからいつものアナウンサーと解説の声が聞こえる。私は運行長ならではのゆったりとした席にもたれて背中を伸ばし、ため息をついた。四日前から気が重いままだ。
コンソールのリアルタイム表示を見ながら、私は気を紛らわすためにラジオに耳を傾けた。
「首位はニューアメリカ、ハイ・エクソン。二位と十七分差で先行しております。都市中央の人工山脈からは今日も涼しげに水が流れ出ております。」
「ニューアメリカは当然連覇を狙っていますから、このまま先行を維持しトラブルなしでレースに臨みたいところでしょう」
「なるほど。続けて二位、ニューアジア、鎮嶺。ハイ・エクソンとはレース開始から約十五分前後の差でつかず離れず追いかけています。屋根のように敷き詰められた太陽光パネルが亀の甲羅のような見た目ではありますが、その速度は全参加国中二位と俊足です。ハイ・エクソンとの差をどこで詰めてくるのか、期待が持てます」
「あと一週間ですからね。そろそろ仕掛けてくるんじゃないでしょうか」
「レースが楽しみです。続けて三位、ニュードイツ、都市四号。参加国中唯一の重力発電を搭載した移動都市です。今日も余剰電力でコンテナが運ばれ、その様子は精巧な工芸品を見るようです」
「重力発電とごみの再資源化を融合したプラントは技術点も高いですね。今後の移動都市での導入事例も増えていくと思います」
「続けて四位、ニューイングランド、ポラリス。ハイ・エクソンと同じ第四世代型であり、核融合炉の運転効率は一二を争います。都市全域に張り巡らされた熱伝導管から、本日も蒸気が立ち上っております。かつての霧の都倫敦を彷彿とさせます」
「ニューアメリカと同じく最新の第四世代型ですから、当然三位以内を狙って来るでしょう。技術点だけでの逆転は難しそうですから、ニュードイツをどこで追い抜けるか、見ものですね」
「なるほど。では続けて五位、ニューインド、サクルーサルブ。堅実な鷹の名を冠する様に、都市のブロックごとでのエネルギー分配を最適化するシステムを持っています。第三世代ながら八脚の移動脚を採用しており、速力も十分です」
「ソフト面での優位性がインドの強みですね。ニュードイツ、ニューイングランドとの差は四十分程度ですので、あと一週間あれば逆転も夢ではありません。どのようなレース展開となるのか楽しみです」
「六位、ニューブラジル、スターオブドーン。唯一の無限軌道型移動都市です。平地での走破性、速度は多脚式移動都市より上ですが、マシントラブルにより遅れ気味となっています」
「唯一の第二世代型でもありますので、老朽化が気になるところです。ここからの地形は岩盤などで凹凸があり無限軌道に不利となります。ここまでの平地で距離を稼げなかった分、ニューブラジルにとっては厳しいレース展開です」
「そうなんですね。そして七位、我らがニュージャパン、
「運行長の
そうだ。広まってもらわなければ困る。その為に新造移動都市に無理やり設計をねじ込んだのだ。
解説を続けるラジオを聞き流しながら、私はこれまでの道のりを思い出していた。
木星帝国の攻撃以前の世界では、船舶において帆を設置し補助的に推力とする試みは既になされていた。帆船は最大で風速の六割程度の速度が出る。原動機関を有する船に帆を搭載した場合、推力の10%程度を風力でまかなえるという結果もあった。温室効果ガスも削減できる。
しかし、移動都市は巨大だ。全長800mから1200m。船舶は最大のものでも500m程度と半分以下だ。帆船としての実績で言えばせいぜいが100mまでの船舶であり、いきなり移動都市に帆を設置することは突飛な考えでしかなかった。
帆を思いついたのは、移動都市の風洞実験結果を徹夜で整理していた時だった。こんなに風の抵抗があるのなら、それを力に変えられないか。電力ではない。ロスの多い電力としてではなく、物理的な力として。
「そうだ。帆をつけよう」
そう思いついたとき、徹夜の疲れもあってしばらく変な笑いが出てしまった。移動都市に帆を? 一体何百mの帆を立てるのだ? それに追い風ばかりじゃない。向かい風の時はただの荷物になってしまうじゃないか。
ひとしきり笑った後エナジードリンクを飲んで一息つき、私は帆のことを忘れることにした。脳のリソースは有限だ。与太話のために割けるスペースなどありはしない。
そこで本当に忘れていたら、今日の私はなかった。後日、私は気まぐれに帆船のことを調べたのだ。
それは単に、向かい風の時に帆船はどうしているのか知りたかったからだ。そこで初めて知ったのだが、帆船は向かい風でも前進できる。風に対して一定の角度がついた斜め前方ではあるが、前進できるのだ。飛行機の翼が揚力を生むように、前から吹く風を帆で受けて推力にすることができる。
理屈で言うなら、移動都市に帆を設置して推力とすることは可能なのだ。
問題は造る材料だったが、軌道エレベータ用に開発が進められていたカーボンナノチューブなどの材料で造れば十分な強度が得られることが分かった。木星帝国の攻撃以来、格好の的にされる軌道エレベータの計画はとん挫していたが、その時の研究結果は無駄にはならなかったのだ。
大学の教授を説き伏せ、開発公団に説明し、私の作った基礎理論が認められた。私には才覚があったらしい。
そして三年……新造移動都市が完成した。世界初の、帆を搭載した移動都市。
主動力は二基の核融合炉。生活に必要な電力は太陽光と風力で賄う。日差しの強い地域では効率の落ちる太陽光パネルを回転させ反射板に交換し、太陽熱発電に切り替えることもできる。そして補助推力の帆。風が秒速4m以上であれば推力を得ることができ、秒速40mまで安定して利用することができる。
できる。できるのだ。しかし……。
ブリッジの前方の大型モニターに目をやると、風は北北西から秒速5m。弱いが吹いている。だが本社の指示で
「本店め……一枚傷んだくらいで日和やがって」
発端は五日前の暴風だった。
もともと強い風が吹く予測だったが、秒速20m程度であり特に問題はないものと考えていた。しかし予測以上に荒れ、秒速30m近くにまでなっていた。それでも帆の性能上は問題はなかった。それにレース開始から初めての秒速30mであり、データを取るいい機会と考えたくらいだ。
だが瞬間最大風速57mの横風が吹き、最下段の帆の固定ボルトが二本破断した。瞬間的には平均の二倍近い風が吹くこともある。そのため秒速60mまでは想定しているのだが、レース開始から三週間ほどが経ち、ボルトが金属疲労を起こしていたらしい。毎週点検はしていたのだが、ボルト孔の内側で目視できない箇所であり見落としたようだ。
その際の衝撃で帆自体も三箇所裂けてしまった。直ちに
しかし、本店は十二枚のうち六枚の
「まったく馬鹿げている」
不満が言葉になってこぼれ出た。小声だったつもりだが、左の下の段にいたシステム部長が私の方を振り向く。
「運行長ならもう少し言葉遣いに気を付けたらどうだ」
「いいじゃないか十三段。ここにはマスコミはいない」
「日頃の積み重ねが態度に出る。ただでさえお前は目立つんだ。注意した方がいい」
「フムン。だったらその分も給料に反映して欲しいものだ。仕事、義務、義理、責任。背負うものが多すぎる」
「ぜいたくを言うな。お前の年で運行長なんてありえないんだぞ。それにただのパンダじゃない。帆推進システムの立案者でもある」
「本店がどこまでそう考えているのか、疑わしいものだ」
移動都市には数万から十万人程度が居住している。
移動都市には二つの長がいる。一つは市長。住民の代表だ。もう一つが運行長。つまり私だが、移動都市の構造や機能そのものに責任を持つことになる。
市長の責任は当然重いが、運行長の責任も重い。失策で市民が苦労するように、マシントラブルや針路のミスで市民に迷惑をかけることになる。運行長のミスは、水不足、日照り、食糧不足などにつながる可能性もあり、生命に直結している部分もある。
そんな責任重大な運行長に二十四歳の小娘が抜擢されるなんて、普通はあり得ない。
それでも私が選ばれたのは、ニュージャパンのイメージ戦略に他ならない。
五歳で母と妹を失った少女が、二十一歳で帆推進システムを立案し、新造移動都市の設計に関わり、運行長に就任した。ある種のサクセスストーリーだ。
それに女の運行長は珍しい。二十四歳となればなおのことだ。男で二十一歳が最年少記録だそうだが、女は三十九歳で、記録を大幅に更新したことになる。
私が全くの無名の女であればさすがに運行長に抜擢されることはなかっただろうが、帆推進システムという実績があり、移動都市に関する知識も必要十分と判断されたのだ。
夢がかなった。
それはその通りだった。もっと速い移動都市を造り多くの人を助ける。その夢が叶い、完成した移動都市の運行長になったのだ。
だが世間の耳目にさらされることはまったく考えていなかった。地味な裏方として夢を実現するつもりだったので、こんな風に表舞台に立つなんて夢想だにしていなかったのだ。
就任してからの四か月は地獄だった。移動都市の開発で徹夜したり胃腸をやられたりしたが、ある意味ではそれよりもつらかった。百年分くらい写真や映像を取られ、SNSにも知らいない人からの励ましと誹謗中傷が矢のように降ってくる。
レースが始まってからはマスコミも移動都市に乗都することは禁止されているので、取材があってもリモート通話と比較的平和だった。終わったらまた始まるのかと思うと、今から憂鬱である。
本店が画策したイメージ戦略はおおむね成功したといえる。私がもう少し愛想がよければ文句なしだろうが、もともと人見知りする私にそれを求めても詮無いことだ。
「しかし、結局
手元のコンソールにデータが転送される。移動都市全体のエネルギー収支と風速のデータだ。核融合炉分を控除してもプラスだ。そして風速の赤い着色されたエリア、これが推力に使われていない分で、つまり使えるエネルギーを捨てているわけだ。
「私は
私は本店に説明した時の言葉を繰り返した。
「しかしだね~帆の損傷やボルトの破断原因が分からないままでは~」
十三段が本店のシステム部長の声をまねる。
「やめろ十三段。また腹が立ってくる」
「大体、よくよく調べたら帆のボルトは造って以来交換してなかったんだろ? ほとんどのパーツは交換したのに、高力ボルトは高いからって未交換。耐用期間内ではあるが、原因はそれだろ? 中途半端なケチが招いたことだ。レースが原因じゃない」
「私もそう思う。解析の結果、秒速57mの横風でも問題はなかった。今後も続くようであれば設計に問題があるんだろうが、一件だけなら関係はないだろう」
「で、うちはうちで……」
十三段が周囲を確認する。あの人がいないことを確認しているようだ。
「……山本さんを説得するのがハードルになってるわけだろ?」
「山本さんは間違っていない。ボルトの話を真正面からすれば、じゃあ他のボルトも全部危ないから全部
知恵は出ず、ため息しか出ない。
山本神喰は副運行長だ。四十七歳のベテラン運行員で、よその移動都市から今回のレースのために異動してきた。
過去に二回レース参加しており、経験も豊富だ。実際、今回のレースでも山本さんの判断をもとに針路や核融合炉の出力調整を行っている。山本さんがいなければトラブルを起こしていただろう。
ブリッジクルーの中では最年長ではあるが、偉ぶらないし、運行長である私を尊重してくれる。不愛想ではあるが、冷たい男ではない。副運行長として、これほど頼もしい人はいない。
しかし。しかしだ。山本さんは本店に対しては、絶対服従という考えを持っている。
無茶でも無理でも、本店の指示に従う。白いカラスを探せと言われれば、きっと探しに行くだろう。どこにもいないと分かっていても、そうするのだ。それが山本さんという男のサラリーマンとしての信念らしい。
「
気象予測担当のアスワンがデータを送ってきた。
「ありがとう」
「今日の予測は変わらず弱風のままです。明日の昼から風が強くなります」
コンソールで確認する。天気図、上層大気温度、現在の風向風速、そして予測。天気は晴れだが、明日から風が出る。だからこそ余計に
「まだ悩んでるの、鞘倉さん?」
アスワンが立ち上がり、下の座席から顔をのぞかせる。十三段との会話を聞いていたのだろう。といってもブリッジは広くない。いやでも聞こえる。なるほど、十三段の言うように自重しなければと思う。
「まあね。せっかく風が出ているのに、帆の持ち腐れだ」
「モチグサレ? 餅?」
「もったいないという事だ」
「そうですね。速くできるのに、遅いまま。本店のことは分からない」
おや、アスワンも味方か。
「まったくね。一緒に説得してくれるか?」
アスワンは二十一歳の大学生だが、気象予測システムの技術者として乗り込んでいる。インターンの一環らしい。山本さんと本店を説得するには一人でも味方は多い方がいい。
「長いものに巻かれろと言います。巻かれますか? 私は天気と風だけですから、関係ないですから」
「それは……残念だな」
味方ではなかったようだ。ちょっとドライなのがアスワンの特徴だが、国民性なのだろうか。ブリッジクルーの中で外国籍はアスワン一人だけだし、気兼ねしているのかもしれない。
運行長ともなれば運行員のメンタルにも注意しなければならない。幸い今の人員に不安はない。もっとも、あったとしても私のような若輩にできることは限られるだろう。山本さんが私に人生相談……ちょっと考えられない。
と、頭を切り替えなければ。
今私がすべきことは、
ああ、口から何かが出てきそうだ。いっそ吐き出してしまいたい。
十時。
結局、何も名案は浮かばないままミーティングの時間が来てしまった。
そしていつものように各担当が説明、今日一日の運行計画と、一週間の計画を確認する。 参加者は以下の六名。
運行長の私、
副運行長、山本
システム部長、
機関部主任、
施設部操帆課主任、米山
気象予測班、アスワン・ハイダム。
気象は昨日までと変わらず、従って運行計画も変わらない。残る一週間の計画にも変更はない。
くそ。変更したい。運行長としての強権を発動すれば副運行長をねじ伏せることは書類上は可能だが、どのみち本店が納得しない。無理矢理に
「運行長。顔に、感情がにじみ出ているぞ」
「え?」
山本さんに言われて自分の表情に気づいた。表に出してはいけない顔だ。
「その渋面は何だ? まだ納得できないのか、
「それは……本店の意向ですから、当然優先すべきであり……」
「歯に物の挟まったような言い方だな。まったく。その目の下のクマは何だ?」
山本さんが自分の目の下を指さす。メイクでごまかしたつもりだったが、やはり寝不足のクマが目立っていた。
「また遅くまでやってたのか」
呆れたような、怒ったような山本さんの言い方だった。当然だ。自己管理も運行長の仕事なのだから。
「いえ……はい、すいません。寝てはいるんですが」
この三日ほど、何か本店を説得できるデータはないかと、エネルギー収支や気象予測データを引っくり返し捏ねくり回して夜を明かしている。合間に仮眠は取っているのだが、せいぜい2時間だ。駄目だとはわかっているが、どうしても諦めきれなかったのだ。
「気持ちはわかる。
来るぞ。いつものが。
「しかし、だ。」
ほら来た。しかし。いつも持ち上げて落とすんだ、この人は。
「本店が言うことは正しい。今の順位と時間差でなら、技術点で取り返せる。七位だが総合点で五位だ。無理に帆を使って失敗すれば、それこそ世界に恥をさらす。せっかくの帆推進システムを導入しようという国がいなくなっては意味がない」
「それは……分かります」
「完走を優先すべきだ。レース以外でも帆推進装置の真価を発揮する機会はある。残念ではあるが、俺は承諾できない。俺を説得できないのなら、本店に再度言っても無駄だ。逆にお前の心証が悪くなる。今後のことも考えれば、ここはおとなしく従うべきだ」
うんうんと十三段も頷いている。おのれ、裏切り者め。
「でも、ボルトは予備があるんですよね?」
機関部主任、高段坂だった。
「あるよ。と言っても全九十六本に対して半数の四十八本だけど」
操帆課の米山が答えた。点検や交換は保守課の仕事だが、米山は両方に席があるため、帆に限っては部品の状況なども詳しく知ってる。
「あ、切れた三本交換したから、残りは四十五本だな」
「なんで全数無いんすか?」
高段坂がいぶかしげに聞く。
「そりゃお前、レース中に全数交換なんて考えてないからだよ。普通の運行中もそうだ。よっぽど消耗する部品ならともかく、高力ボルトなんてそうそう交換しないぜ。帆に関しては外力が大きいから念のために半数用意してあるが、それでも多いくらいだ」
「つまり、全部交換したから安心です、という案は無いわけだな」
山本さんが聞く。
「です、ね。残念ながら」
はあ、と、私はまた溜息をつく。夜空の流れ星のように、また一つ案が儚く消えた。
「鞘倉さん、いちいち溜息をつくなよ。もう駄目だ。俺も考えてみたが思いつかん。雁首揃えて唸ってたって無理だよ」
山本さんがタブレットを閉じる。ミーティングは閉会だ。残念ながら。
「あの……」
十三段が小さく手を上げる。いつもはもっと偉そうなのに、珍しい。
「何だい。お前も悪あがきしたいのか」
「妙案になるかどうか分かりませんが……」
十三段がタブレットを操作すると、新しい資料が転送されてくる。山本さんもタブレットを開き直す。
何だこれは? 移動都市の報道映像の切り抜きが並んでいる。これは八脚で、ニューインドのサク……なんとかだ。国名で呼ぶことが多いので、名前を憶えていなかった。
「ニューインドのサクルーサルブの風力発電は、タワー型だけでなくクロスフロー型も採用してるんです。二ページ目の赤丸……この円柱みたいなやつです」
「クロスフロー? それが何だ」
みんなの疑問を代表して山本さんが聞く。
「クロスフローというのは、真ん中に軸があって、その軸に何枚もの板がついている構造です。水車を横にしたような、縦型の風車です」
「それで?」
「タワー型は強風に弱い。強度を上げるには大型化する必要があり、対応できる風速にも限界があります。でもクロスフローは構造的に強風でも耐えやすい。うちのタワー型で言えば秒速20mまでですが、一般的なクロスフロー型では秒速30mまでいけます」
「つまり何なんだ。要点を言え」
「つまりですね、明後日からの砂嵐でもニューインドはある程度風力発電が使える可能性があるんです。資料の六頁から……概算の概算ですが、うちは風力を止めざるを得ませんが、インドが六十基のクロスフロー型を使えるとすると……」
何ということだ。エネルギー収支の再生エネルギー係数が、サクルーの方が上だ。
「逆転されてしまうのか!」
思わず叫んでしまった。だが驚いているのは、みんな同じようだった。このまま順調にいけば勝てるはずだったのに、話が違う。
「そうなんです。ニューブラジルはどう転んでも最下位です。
「正確な数値は分からないのか?」
山本さんが資料を睨みながら聞く。
「ここにあるデータだけでは分かりません。ネットも使えませんから。本店に協力してもらわないと。でも時間がかかると思います。もし、このままでは負けるから
「ボルトを替えるんなら明日の日没までだぜ。風が強くなってくると危ないし暗くなってからじゃ作業できない。明後日の砂嵐になってからなんて絶対に無理だ。うちの部長も許可しっこない」
「米山、ボルト交換に要する時間は?」
「十二枚の帆のボルトを半数交換……
本店の指示は現状維持だ。しかしそれは、ニューブラジルとニューインドを総合点で上回り、最終的に五位となる見込みだったからだ。
ニューブラジルのスターオブドーンはぼろいので最初から最下位見込みだ。七か国参加しているが、実質六か国の勝負となる。
日本は木星帝国の隕石攻撃に対して、当初は地下シェルター案を採用していたため、移動都市関連技術では後塵を拝している。六か国中で一番技術が遅く、少ない。だから万年最下位だ。
それでもようやく造り上げたのがこの
だからこそ本店は現状を維持せよといったのだ。余計なことをしてリスクを負うくらいなら、無理をせずに完走し五位を勝ち取る。その考えは分かる。
だが十三段の試算結果では、総合点で五位という前提が覆されている。概算の概算。それは分かるが、無視できない情報だ。
「しかし、だ」
出た。また山本さんの、しかし、だ。
「お前の言うように概算の概算だ。ボルト交換についても出来て全体の半分だ。根本的な解決には至っていない。どっちも中途半端だな。やはり駄目だ」
山本さんが私を見る。どこか諭すような視線だ。
「もう時間切れだ。何をするにせよ、考えるにせよ、レース自体も七日間しかない。明後日の砂嵐の時間帯にどう運行するかが鍵だが……六位でもやむなしだな。帆が損傷すれば、最悪の場合移動都市そのものに損傷が及ぶ可能性がある。その事態だけは避けたい」
「やっぱ無理だったか。いい案だと思ったんだけどな」
十三段が溜息をつく。なんだかんだと言いながらこんな案を考えていてくれたとは。しかし、それも徒労に終わってしまった。
「……諦めます。現状維持、
自分の口から出てくる言葉が、まるで他人の物のようだった。もう溜息も出ない。
「十三段。お前の着眼点は良かった。しかし本店に上げるには完成度が低すぎる。無用な混乱を生むから、この情報は本店には上げない。鞘倉もいいな? 今日の本店への報告は普段通りだ」
「はい、分かりました……」
「了解です」
「じゃあ終わり、だな? もう誰も何も言いださないな?」
皆頷き、各自タブレットや筆記具を片付ける。
「今日のミーティングを終了します」
私が宣言し、散会となった。
午後には本店に運行計画を送るが、
「長いものに巻かれたね、鞘倉さん」
アスワンが言い残し自席に戻っていく。とどめを刺さないでほしい。
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