逆風の移動都市
登美川ステファニイ
序 燃える都市
赤く染まった夜空で星が瞬いていた。爪痕のようにいくつもの光の筋が地面へと伸びる。木星帝国の放った隕石爆弾だ。
「何てことだ……レームントが……あの距離では」
私を抱きしめる父の腕が、体が、小刻みに震えていた。私は訳も分からずに不安になり、しかし、父さんが困るから泣くわけにはいかないと思った。
首を横に向けると、窓の外が見えた。父の視線の先。父だけではない。この避難コンテナの中にいる人は、全員があの方角を見ていたはずだ。
隕石が白い尾を引いて落ちてくる。いくつも。一つ、二つ……地面に降り注いでいく。その攻撃から、今まさに、レームントは逃げている。
移動都市は隕石爆弾から逃れるために造られたものだが、レームントは間に合わなかった。空を裂く爪痕が、白い尾が、隕石が、少しずつ着弾位置が近づき、そしてレームントに降り注いだ。
隕石はレームントの躯体中央に落ちた。六本の脚で支えられた都市胴体がひしゃげ、地面に叩きつけられ、そして砕けた。炎が噴き出る。血のように。
「沙央莉、晴美……どうして」
母さんと妹の名をつぶやく父の声が聞こえた。周りでも名前を呼ぶ声が聞こえる。泣き声。叫び。怒り。悲しみ。
私は誰の名もつぶやくことはなかった。砕け散り炎に飲み込まれたレームントの中には母と妹がいた。逃げ遅れた二人は、しかし、安全域に脱出できるはずだった。私たちの逃げ込んだターミアイアと同じく。
だが逃げられなかった。第一世代型のレームントでは進化した隕石爆弾の速度に対応できなかったのだ。
大好きな母さん。生意気だけどかわいい妹。そして数万人の誰か達。その全てが炎に飲み込まれていく。
隕石はなおも降り続く。
ターミアイアは逃げる。私たちを乗せて。
「もっと速ければ……」
父が私を抱きしめる。父の頬を涙が伝っていた。周りでもすすり泣く声や叫びがあがっている。
私は涙を流す父を見ていた。悲しみよりも、父がこんな顔をするのだと不思議に思っていた。
もっと速ければ。
父の言葉がこだまのように頭に残っていた。私も父を抱きしめる。
もっと速ければ、母さんも晴美も死なずにすんだ?
移動都市がもっと速ければ、私たちは生きられるの?
もっと速ければ。
赤い空。燃え上がる大地。私たちに安住の地はない。永遠に都市とともに移動しなければならない。生きることは、逃げることだ。
五歳だった私は家族の死と引き換えに、新たな世界の摂理を理解した。
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