痛み本舗
柚鼓ユズ
第1話 決意と邂逅
「……よし、このあたりでいいか」
誰に言うわけでもなく、車を停めて大和はつぶやく。あてもなく車を走らせて数時間。ナビも見ず、ただただ休憩も取らずに運転していたため、さすがに一服もかねて休憩しようと誰もいない駐車場で車から降りてタバコを取り出して一服する。
「崖か樹海で悩んだけれど、……崖の方がよさそうかな」
大和は今、自分の死に場所を探していた。
きっかけは本当に、どこにでもあるような話だった。
転職した先の配属部署での部署長のパワハラを受けるようになった。自身の見落としから納品先にてミスが発覚し、回収から作り直しとなる事態が起き、クレームとなった。
方々に頭を下げ、無事修正品を先方に納め営業や他部署に詫び、ひとまずは収束した。あくまで外部的にではあったが。そこからの日々は地獄といっても差し支えなかった。
もともと気に入られてなかった部署長からの仕事に絡めた自身への狡猾な暴言や罵声が始まったのもそのあたりからだった。
『……こんなのも聞かないと分からないのか?お前、一体今まで何をやってたんだ?』
『逃げて逃げて逃げてここに来たんだろ?いい歳してなぁ』
『なぁ、今までのところでもお前に問題があって駄目になったんだろう?』
ミスを恐れて事前に質問をすればついでに罵倒、食い下がれば暴言、気づけば顔色を伺い、聞きたいことを聞けなくなるようになるのに時間はかからなかった。
とはいえ、作業を進行させるのに部署長の判断は必要不可欠であり、独断で進めることはより事態を悪化させるため、嫌味や叱責を浴びつつ仕事をこなしていくしかなかった。歯を食いしばり、唇を噛み締めるのを見られないように常にマスクを付けて日々を過ごした。
そもそも最初にミスをした自分が悪い。だから何も逆らってはいけない。それが悪い方に悪い方へと働き、言いたいことも言えなくなり、新たなミスや見落としを誘発してしまうという悪循環を招く。それによりまた罵声や怒号を浴びる負の連鎖である。
最初のうちこそ同情的な目で見てくれる同僚も、毎日のように怒鳴られる自分を見ているうちに、冷ややかな視線を浴びせてくるようになる。まぁ自分が働く横で、常に怒号を聞かせられていれば無理もないことではあるのだが。
「おい、自分の作業終わったら終わりだと思うなよ。帰りに機械全部磨いてから帰れ」
もう後半になる頃には定時を過ぎたらタイムカードを通し、また自分のデスクで作業を続け、終わったら機械を磨いて帰宅するのが当然のようになっていた。同僚は巻き込まれたらたまったものじゃない、と自身のタスクを終えたら早々に帰るようになり、必然的に自分がそうするのが日常になっていた。
パソコンの電源を落とし、機械を磨き、周辺機器や電源のチェックを行い、喫煙室で他部署の面々と携帯ゲームに興じている部署長に恐る恐る声をかけ、ようやく帰宅を許される。
どこかの部署で納期ミスやクレームが出るたび、逐一朝礼でさらし者のように報告されるような会社だったため、表向きに残業を許される事のほうが珍しく、どの部署でも当たり前のようにミスの修正作業や納期に間に合わせるためならサービス残業が恒常化していたため、表ざたになることは全くなかった。そもそも人事や経理に関わる部署が定時勤務のため、現場でのそういった定時後の行為は上に伝わることがなかった。
汗と汚れにまみれた作業着をたたみ、ロッカーで着替え、ため息をつきながら車に戻る。ようやく一人になれる空間にたどり着き安堵の瞬間を迎える。一分一秒でもこの空間から離れたいと思う自分の気持ちとは裏腹に、しばらく車の中で動くことが出来ず、ひとまずタバコを取り出し一服し、気持ちが落ち着くのを待ってようやく家へと車を走らせる。
週の五日、あるいは六日。大和はそんな状態で日々を過ごしていた。
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