ブラックボックス

あびす

ブラックボックス

 地球はマンネリ化していた。人々は争うことの無意味さを感じ、世界中の国は手と手を取り合い、世の中から必要以外の武力は取り除かれた。人類全体がいい方向に向かっているように思われたし、事実それは間違いではない。だが、その平和を噛み締めている誰もが、同時にいいようのない退屈を感じていた。犯罪などもうずいぶん起きていない。起こすつもりなどないし、この平和では起こす必要などないのだ。変わりばえのしない毎日。言葉には出さないが、誰もが刺激を求めていた。

 そんな時に、それは現れた。

 使う必要のなくなったミサイル基地の取り壊し工事をしていた時のこと。作業員が、瓦礫の山の中から不思議なものを見つけた。一メートル四方の黒光りする立方体。奇妙なのは、大量の瓦礫の中に埋もれていたにも拘わらず傷一つなかったということだ。作業員がハンマーやドリルを使ってもまるで歯が立たないのだった。

 このニュースは初めは新聞の隅に乗るくらいだったが、だんだんネットへ、ラジオへ、ついにはテレビで特集が組まれるほど大きくなっていった。同じようなニュースに飽き飽きしていた人々はこの情報に釘付けになっていった。すぐさま研究者が派遣され、正体の解明を行おうとする。

 X線などで中身が詰まっていることは分かったのだが、いかんせん壊れないためサンプルを入手することが出来ない。そもそも有機物か無機物かもわからないのだ。熱しても凍らせても効果はなし。次第により強力な力をぶつけるようになり、人々の関心は調査よりもむしろ壊すことのほうに向かっていた。

 もはや不要かと思われていた兵器をもう一度引っ張り出し、立方体にぶつけてみる。銃や爆弾、ミサイルまで。しかし、どんな攻撃を行おうと爆炎が晴れれば立方体は涼しい顔で傷一つついていないのだ。果ては核を使ってみたが、やはり効果はなく、むしろ後処理のほうに手間がかかった。

 しかし、人類は諦めていなかった。既存の兵器を使い果たしたのなら、新しく作ればいい。世界各地で兵器開発が行われ、完成すれば立方体にぶつける。そして効果がなくても、また新たに作るのだ。この様子は全世界に中継され、ネットは連日この話題で持ちきりになり、報道番組は毎日このニュースを伝えた。やがて世界の研究者たちは一つになり、国という枠組みを超えて地球全体のプロジェクトとして研究は進み、立方体を壊すという目的のもとにいつしか昔よりも人類は一つになっていた。

 そしてついにその時は訪れた。全人類が固唾を飲んで見守る中、放たれたミサイルは立方体に大きくヒビを入れ、やがてそれが全体に広がり、ついには崩れた。

 世界中の人々はそばにいた人と抱き合い、叫び、狂喜乱舞した。なにせ人類の悲願が叶ったのだ。この喜びは地球全体を包み込み、あらゆるところでお祭り騒ぎになった。

 しかし、誰かが思った。これで終わりなのではないかと。立方体を破壊するために向けていた熱意だが、いざ壊したとなるともう何も残っていない。また、あの空虚で刺激のない退屈な毎日に戻ってしまうのか。

 だがそうはならなかった。兵器開発を繰り返していた時の研究が、思わぬ分野で活用できることがわかったのだ。それは宇宙研究や物理学、果ては農業まで。今まで不明だった部分の研究が一気に進み、研究者たちはそれに没頭するようになり、そして開発される新技術に、人々は日々楽しまされた。もう誰の目にも、かつての退屈はなかった。


「考えたものですね。今の科学レベルでは破壊不能な物質を送り込み、それを破壊させるために研究を進めさせ、停滞していた文明を発展させる。一度勢いづくとなかなか止まりません、期待が持てそうですね、この星は」

「もしかすると、宇宙に進出すらするかもしれん。こちらとしては、むしろそれを求めているのだ。そもそもこの立方体を送り込んでなお変わらない星なら、そこまでだったということ。こうやって厳選され、より優れた文明だけが宇宙という大きな一つに加わることが出来るのだ。」

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ブラックボックス あびす @abyss_elze

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