case.1-2

 10歳の誕生日。盛大なパーティーが開かれ、国中の貴族たちが招かれた。俺は次期国王となることがほぼ確定しているから、そのお披露目だそうだ。そういえばこのパーティー、ゲームであったな。攻略対象の一人であるノアと、ヒロインの唯一無二の親友となるリリーの出会いのシーンがあったはずだ。まあ俺はそのシーンに直接関わっているわけではないから関係ないか。それより、今は。




「アラン様。10歳のお誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、カトリーヌ嬢」




 カトリーヌは相変わらず完璧な令嬢だ。真っ先にプレゼントを渡しに来てくれたし、他の貴族が挨拶に来た時には一歩下がって控えている。まるで一昔前の日本の良妻みたいだ。非の打ち所がない。しかしこれは俺にとってはあまりよくない状況なのではないだろうか。周りの目には、俺たちはそれだけ深い関係であるように見えているのでは。いやまあ婚約者なのだから間違ってはいないのだけれど。そこはかとなく漂う不安感が、どんどん大きくなっていくような気がする。


 そんなことを考えながらも表向きはにこやかに、お祝いの言葉をくれる貴族たちと言葉を交わす。そうして何十人もの貴族の相手を終えた頃。目の前にやってきた女の子の姿を見て、俺の時は一瞬止まった。




「お誕生日おめでとうございます」

「あ、ああ。ありがとう……」




 後にヒロインの親友となる主要キャラ、リリー・テイラー。両親に連れられた彼女は、俺のことを真っ直ぐと見つめていた。それはもう何十回も聞いた言葉。なのにまるで初めて聞いた言葉であるかのように新鮮に感じ、俺の心は高鳴った。




「それでは、失礼します」

「あ……」




 大した会話もできないままに、リリーは踵を返して去ってしまう。途端にひどい寂しさに襲われた。どうしてだろう。俺は今、確かに彼女に心を惹かれている。しかもこの感じ。まるであの子を目の前にしているかのようではないか。高校の時に好きだったあの子。この乙女ゲームが大好きだったあの子。見た目は全然違うはずなのに、どうしてかリリーとあの子が重なる。


 その後、ノアが挨拶に来てまた違う意味で心が高鳴ったが、このパーティーでこいつはリリーと出会うのかと思うとちょっと腹が立った。くそう。綺麗な銀髪しやがって。しかしおかげで逆に冷静になれた気もする。状況も落ち着いてきたし、ちょっと真面目に考えてみるか。




 高校で火事が起こったあの日。昼休みにあの子がよく図書室に行っていることを知っていた俺は、もしかしたら取り残されているんじゃないかと咄嗟に校舎に飛び込んだ。そこでかっこよく助けられればよかったんだが、残念ながら図書室にたどり着くことすらできず、そのまま意識を失う。そして気づいたらこの世界に転生していたというわけだが。よく考えてみればあの火事で死んだのは俺だけではないだろうし、俺が転生しているんだったら他のやつが転生している可能性だって十分にあるのでは。あの子も死んでしまったのだと思いたいわけではないが、この世界に他にも転生者がいるのだとしたら。もしあの子が転生して今はリリーとして生きているのだとしたら。俺にとって、こんなに嬉しいことはない。


 だが同時に気づいてしまった。他にも転生者がいるのなら、それこそカトリーヌは転生者なのではないか。だってこいつは明らかにゲームと違う。我儘で、傍若無人で、アランを振り回す悪役令嬢じゃないのがそもそもおかしい。こいつも生前このゲームをプレイしていて、カトリーヌの末路を知っていて、だからこそ破滅を回避しようと完璧な令嬢として立ち回っているんじゃないか。そう考えると、そうとしか思えなくなってきた。ならこいつは誰だ。そしてこの不安はなんだ。もしかして、俺はもうこいつが誰なのかわかっているんじゃないか。




 定期的にカトリーヌと会う日々は変わらないが、転生者だと思って接すればこれまでと180度景色は変わった。完璧な令嬢としての振舞いの端々から感じる違和感。俺を見つめるこの瞳。この既視感。そうだ。こいつはきっと、高校生のときに俺のことが好きだった倉田麗奈だ。


 先に言っておくが、決して自意識過剰なわけではない。実際に好きだと言われたのだ。それはもう、はっきりと。しかし知っての通り俺にはあの子がいる。あの子以外の女子には興味がなかったのですぐに断った。それはもう、はっきりと。なのに倉田は諦めてくれなかった。それどころか俺の視線の先にいるのがあの子だと気づいて、あの子にちょっかいを出すようになった。マジで勘弁してほしい。しかもあの子も馬鹿じゃないので、状況を理解すると俺から距離を取るようになった。俺はマジでへこんだ。


 どうにかしたかったが、「お前が直接何かすると悪化するだろう馬鹿か」とあの子の親友から止められた。正論なので言い返せなかった。一応、倉田が見ていないところで話しかければ普通に応じてくれたし、俺のことを嫌っている感じでもなかったから希望を持ってもいたのだが、とにかく倉田が邪魔だった。こいつさえいなければと何度思った事か。


 考えてみれば、生前の倉田こそカトリーヌみたいだったよな。アランと仲良くするヒロインに嫉妬して、貶めようとするカトリーヌ。俺の視線の先にいるあの子に嫉妬してちょっかいを出していた倉田。うん。お前、やっぱりなるべくしてカトリーヌになったんだな。この世界でどんなに完璧な令嬢として振舞おうと、俺はもう気づいてしまった。こいつが俺に気づいているのかはわからないが、それは正直どうでもいい。俺はこいつと結婚するなんてごめんだ。冗談じゃない。そんなことになるくらいなら死んだ方がましだ。


 あ、もう死んだんだった。

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