6

土曜日の夕方、有二からまた電話がかかってきた。


「ばあさんの家に電話をしたんだけど、出ないんだ。そっちに行ってないかな?」

「来てないよ」

 朋香の心臓が、ドキドキしだした。


「スマホは?」

 朋香が聞いた。


「電源が切れているみたいなんだ。充電をしていないのかもしれない」

 そういえば、テーブルの上におばあちゃんのスマホが無造作にほっぽりだされているのを見たことがあった。


「私、行ってみる」

 朋香はどうしても行かなければならないような気がした。


「ああ、ぼくもこれから帰ってみるよ」

 最後の有二の言葉も終わらないうちにあわてて受話器を置き、朋香は玄関を飛び出した。


「朋香、もうすぐ夕飯よ。どこに行くの」

 おかあさんの声が後ろから追いかけてきたが、朋香は「おばあちゃん家」と叫んで自転車に飛び乗った。


 おばあちゃん家の玄関の戸には、鍵がかかっていなかった。引き戸を引くと、するすると開いた。

「おばちゃん、帰っているの?」

 朋香は尻込みしそうになる自分を奮い立たせるように大きな声を出しながら、靴を脱ぎ廊下を走った。


 キッチンに入ると、テーブルの上に汚れたお皿が何枚も散らばっていた。もう何日も洗っていないように見える。何日も前から帰っていないのだろうか。

 おばあちゃんがこんな事をするなんて……無い、無い。明日香の背中に冷気が走った。


 朋香はキッチンを飛び出して、となりの部屋のふすまを開けた。そこにも電気がついていなかった。暗く冷たい空間。


「おばあちゃん、おばあちゃん」

 朋香は、暖かい何かを吹き込むように叫びながら、すべての部屋のドアやふすまを開けていった。二階もさがした。最後に、稽古場のふすまの前で止まった。


 もうここしかない。ここは、明けたくはなかった。しかし、ここを開けなければと朋香は思う。怖がっている場合じゃない。ほんとうは、ここを最初に探すべきだったことはわかっていたんだと、あらためて朋香は思った。

 息を整えてふすまにそっと手をかけた。もしも黒い影に襲われたおばあちゃんが倒れていたらどうしよう……。黒い影がひそんでいたらどうしよう……。


 目を閉じてサッとふすまを開けた。


 何の気配も感じない。音もしない。

 ゆっくり目を開け、稽古場をのぞいた。


 そこには誰もいなかった。


 朋香は一瞬ほっとした。けれど、そこにおばあちゃんがいないということは、もう探すところがないということだった。おばあちゃんはどこへ行ってしまったんだろうと考えると、頭がこんがらがってきて、考えがまとまらない。


 あんなに汚れ物をいっぱいにして……。

 いいえ、あんな事をするのは本当のおばあちゃんじゃない。

 でも、本当のおばちゃんって、何……。

 朋香はわけが分からなくなって、その場にくたくたと座り込んでしまった。

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