第23話 今、救世の刻
家に着いて、買った商品を食べていく。
普段なら自炊をしているが、そんな気分ではないので仕方がない。
皿を片付け、コーヒーを淹れる。この香りを嗅ぐのも随分久しぶりな気さえする。
────ふう。息を整える。午後7時。静寂が部屋に行き渡る。思えば、この時間は病院に行って話を訊きに行っていた。この時間を部屋で過ごすのは最近では異常だったのだ。
パシャ―ン、バリーン
突然の音。何かが割れる音。音源は隣の部屋からだろうか・・・・。この部屋は角部屋だから、内ではないとすると音源の位置は必然と限られてくる。
ドンドンと物がぶつかる音。しかも、一度や二度ではない、不規則に規則として連続した奏曲。それを怒りという楽器を使って奏でているようだ。
・・・・なにかあったのかしら。
ここまで、くると迷惑行為にほかならない。隣の住人はあの高田さんなのだ。
身だしなみを整え、部屋からでて、隣のインターホンに指を掛ける─────その瞬間。
バタンとドアが開き、家から女の人が文字通り、目にも止まらぬ速さで出てくる。
私は一瞬のけぞったが、そんなことに構うこともなく、マンションの階段を駆け下りていった。
コンコンとドアを叩く。数秒の間があったのち、高田さんがひょっこりと顔を覗かせた。
「あのー何かありましたか?」
「ああ、三上さんか」
少し驚いた顔をしている。いや、疲れた顔というのが正しいのかもしれない・・・・
「ああ、ちょっと、妻と喧嘩をしてしまってね。すまない、もしかして、聞こえていたかな?」
「はい、でも、音だけで、話の内容までは聞こえてきませんでしたので。」
それをきいて少し安心したような顔に変わる。
「なに、少し喧嘩してね。それで、妻が怒って出ていってしまったわけだ。」
「追いかけないんですか?」
「ハハ、少し疲れてしまってね。悪いけど今日はこの辺に。」
と言ったまま扉を閉められる。これは、家庭の問題だ。これ以上私が立ち入ることはできない。仕方がないので、不安を感じながらも家に戻るしかなかった。奥さんは果たしてあの家に戻ってくるだろうか・・・漠然とした不安が頭をよぎる。
「気になるのかい?あの家で何があったのか?」
突如、頭上から無機質な声がする。どこから現れたのか、ミルは天井に張り付いたまま質問をする。
「アンタ、どこからきたの?いえ、そうじゃなくて、私どっか行ってって言わなかった?」
「うん、ユキは確かに言ったよ。だから、隣の家に行って、帰ってきたのさ。」
今朝の言葉はもう私の前に姿を見せないでという意味で言ったのだが、伝わっていなかったらしい。それともわざとこのような反応をしているのだろうか?とはいえ、気になることを言っていたので追求する。
「あんた、あの家で何があったのか知っているのね?」
「そうだよ。」
当たり前じゃないかと。
暫く考える。この話を聴いてもいいものかと。他人の事情を知るのは気が引ける。それもこんな超常生物から聞くとなるとなおさらだ。だが、私の関心は家庭の事情よりも夫の方に向いていた。だから─────
「いいわ、聴いてあげる。説明しなさい。ミル」
と思いっきり強情で見えを張って命令した。
「彼らは夕ご飯っていうのかな?うん、とにかく食事をしていたんだ。全く不便だよね人間って。あんなものを摂取しないといけないなんてさ。それに、数分で終わる行為なのに、あんなに手間を掛けて。時間の無駄だってことにきづいてないんじゃないかな?」
「内容を話してちょうだい。あなたの感想は後で聴いてあげるから。」
感想に腹が立ってつい口調が厳しくなる。そんなことはお構いなしにこの生物は言葉を紡ぐ。「そうかい。じゃあ、ありのままの出来事を話すよ・・・・」
そう言って長い独唱が始まった。
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