砂漠渡りと長月

三題噺トレーニング

フレンド・ライク・ミー

秋の彼岸の中日に、砂押家では特別な儀式が行われる。

砂押家現代当主である砂押タケルは儀式に向けて意識を集中していた。

タケルには妻と四歳になる娘がいるが、今はもう眠っている時間だ。

場所は砂押家の屋敷の奥の開かずの間。この1年間誰も立ち入っていない筈だが塵一つ落ちていない。


タケルが懐から古びたランプを取り出す。

アラビアン・ナイト。丸みを帯びた器に取っ手と口がついたそれを、部屋の中央に置かれた台座の上へ静かに置いた。


『砂漠渡りのランプ』が遠くペルシャから日本へと流れついて数百年。

砂押家は長年このランプと、ランプへの信仰を守り続けてきた。

ランプには『砂漠渡りの魔人』が宿る。

砂押の人間は秋の彼岸、現世とあの世が混じりあう日にだけ、人知を超えた存在との交流が許される。

しかしこれは後世からのこじつけであろう。

魔人の力はイスラム世界ヒジュラ歴における聖なる九の月、ラマダーンの時期に強くなる。これが日本の九月の行事である彼岸会と混じりあってしまったのだと考えられる。


砂押がランプを守ることと引き換えに、魔人は年に一つだけ、その願いを叶えるという。

砂押の家が数百年続いたことも、魔人の影響に他ならない。

飢饉には雨を降らせ、疫病には薬をもたらしたのだそうな。


儀式はまもなく完結する。最後に捧げるのは歌である。


「A Whole New World~♪」

ランプががたがたと震え始める。タケルがラストの「いつ~ま~でも~」のハモり下パートをキメながらランプをこすったところでランプの口から猛烈な蒸気が吹き出し、それはやがて一つの大きな人型を作りだした。


「ん~~~~~~~120点!!!!!!!!!」


魔人『砂漠渡り』である。サンディって呼んでね。砂だからサンディ。


「ハーイご主人ロングタイムノーシー!!

 どう?1年間元気してた?歌も結構うまくなったんじゃない?娘ちゃんもういくつだっけ?

 えっ、っていうかちょっと太ったんじゃなーい?ダメよ~中年太りは新型コロナの重症化リスク高いんだって!脂肪が多くて死亡ってナハハハハハハ!!!!」

サンディはそこまで一息で言ってタケルに抱き着いて頬ずりをかましてタケルの襟をクッと広げて乳首の色をチェックして「OK」とつぶやく。

「あ、これ以降こんな感じで行く予定でーす」

「誰に喋ってるんだよサンディ」

魔人はめっちゃ俗物なのである。


「はいはい、じゃ今年の願いの方、叶えていきたいんですけどもね。去年はなんだっけ?家じゅうの排水溝を一生ヌメらなくしたんだっけ?」

「アレ正解だったわ。髪の毛が絡まないようにってのも付け足しとくべきだったけど」

「魔人も万能じゃないかんね……今年はもうそれでいっちゃう?」

「いや、それはちょっともったいないかな……」

「あぁーそうそう、俺のラップを聞いて頂戴よ。新しいバージョンの『フレンド・ライク・ミー』マスターしたんだよね。っていうかさ、ジーニーの声優さんまた結婚したんでしょ?3回目の結婚で30歳も年下の女ってマジ?『こんな友達いるぅー?』」

「やかましいのよ」

サンディは大概こんな感じなので割り込んで話す必要があります。


「サンディ、君を自由にしたい」

「んーオーケイ俺を自由にねお安い御用・・・って、え?!」

「リアクションまでアニメをパクるんじゃないよ」

「30年間練習してました。しかしなんでまた。俺ちゃんの助けが無いとこんな家って吹っ飛んじゃうんじゃないの?」

「うん、それはそうかもしれないんだけど、娘はちゃんと育ってるし、あんまり、不思議な力で守ったりしない方がいいのかなって思ってさ」

「ご主人は大学入試も就活も俺が魔法で全部なんとかしたからね」

「そう、でも分不相応な環境は結局凄い負担だった。だから、君の力に触れない方が、娘は幸せなんだと思う」

「そうかい・・・それがご主人の選択なら止めないぜ・・・・・・。俺はこの家が好きだから、自由なんてのはいらないんだけどね・・・・・・」

「サンディ、すまない」

「いやっ、いいんだっ・・・グスッ・・・・・・さみしくなるな・・・・・・っ」

「今までありがとう、サンディ」

「こちらこそ。じゃあな、親友・・・・・・。キャッホーーーーーーーーー!!!!」

「めちゃめちゃ嬉しそうやんけ!!」

かくして魔人は砂押家の長い呪縛を離れ、自由の身となったのだった。


翌朝。

「パパー起きて!これなぁに?」

目覚めたタケルを迎えたのは、古ぼけたランプを持った娘、アキの姿だった。

サンディは自由になった筈なのに・・・・・・。

「こすってみな」

「うん!」

そう言ってアキがランプをこすると、やはり蒸気が吹き出してサンディが姿を表す。

「新ご主人様サイコーーーー!!」

「儀式いらんのかい!!」

「あんなの俺ちゃんが退屈でやらせてただけだもん。いや、ふざけてホールニューワールド指定したらバッチリ練習して来る元・ご主人も相当マジメだよね。でも俺ちゃん知ってるよ、5年前の儀式のあと、そのキメキメな歌声でお嫁ちゃんと良い感じになってたってことをね。ねぇお嬢ちゃん、お嬢ちゃんはその10ヶ月後の七月生まれだもんね」

「やめなさい!!なんで戻ってきたんだ」

「いやね、早速ハリウッドに行ってさ、言ってやったのよ、ウィルスミスなんかより俺を使えってね。そしたら奴らなんて言ったと思う?アラブ系はダメ。黒人じゃないとダメだって。こちとらペルシャンだっつーの!白人ってのは白か黒しか見えないんか??こうなったらオスカーは諦めてジャパニメーションで金獅子を狙っていきたいな、と思ったワケ」

「ぜんっぜん頭に入ってこないわ」

「まぁーんなこたどうでもいい!さぁ最初のお願いをしてごらん、新・ご主人様!」

「はい!お友達になって欲しいです!」

「くぁー!もーちろんさぁー!昨日歌いそびれたから歌っちゃうぜ!ミュージックスタート!!」

というわけでラップを歌い出すサンディ。娘も喜んでいるしまぁいいか、とタケルは思う。

しかし・・・・・・。

こんな友だちいる??

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂漠渡りと長月 三題噺トレーニング @sandai-training

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ