W Ⅰ-Ep2−Feather 11 ଓ 失意 〜disappointment〜

「――……君、誰?」

 〝彼〟のそんな言葉が頭の中をずっと反響している。 

 あの後、どうやって自分の寮室へ帰ったのかも覚えていない。ただ涙があふれるばかりで、エリンシェは涙が枯れるまでずっと泣き続けた。

 アリィーシュやミリアが声を掛け、なぐさめてくれたが、エリンシェの耳には何一つ入って来なかった。

 ……どうして。――どうして、自分ではなく〝彼〟だったのか。同時に、やはりそんな疑問が浮かんで来る。……こんなことになってしまうくらいなら、自分がキズついた方がずっとましだった。

 ふと、エリンシェは【薬】を飲まされた時に見た夢のことを思い出した。――あれは正夢だったのだ。このままでは、あの夢のように〝彼〟がどこかへいってしまう。……まだ「気持ち」を全部伝えられていないのに。

 ……このまま〝彼〟が「記憶・・」を失くしたままだったら、どうしよう。エリンシェはそんな不安に駆られ、また涙を流すのだった。


    ଓ


 数日経って、エリンシェの気持ちがやっと少し落ち着いた。

 ――とはいえ、怖くて、ジェイトとは顔を合わすことすらできていない。

 一度だけ、エリンシェは遠目からジェイトの様子をうかがったことがあった。……ひょっとすると、長い間眠っていたせいで、ただ記憶が混乱しているだけなのではないか。――そんな一縷いちるの望みをかけて、ジェイトの方をじっと見つめたのだ。

 けれど、やはり、ジェイトは怪訝な表情を浮かべるばかりで、エリンシェのことを覚えていないようだった。――それ以来、エリンシェは怖くなって、ジェイトと話もできていなかった。

 ジェイトがそんな状態でも、ミリアとカルドはエリンシェの側を離れようとしなかった。むしろ〝彼〟の代わりに、エリンシェを守ろうとしているようだった。そして、その度に優しく、声を掛け彼女をなぐさめた。――大丈夫、きっとジェイトは戻って来る・・・・・、と。そのおかげで、エリンシェは少し立ち直ることができていた。

 けれど、一方で不可解なこともあった。――【薬】を飲まされた時以来、ゼルグに動きがないのだ。あれ以来、ヴィルドの姿も見ていない。彼らは何を企んでいるのか。その意図が全くつかめず、エリンシェはアリィーシュと二人、頭を悩ませていた。

 ジェイトの「記憶・・」が戻らないまま、数週間の時が過ぎた。

 少しは落ち着いたものの、エリンシェは相変わらず、失意の底に沈み、夜になると泣いて眠れない日々を過ごしていた。


「――ねぇ、アリィーシュさん。 ジェイトがああなったのってやっぱり、その【薬】のせいなの?」

 そんなエリンシェの様子を見かねたミリアが、夜にふと、アリィーシュにそう問い掛ける。

〝恐らく。 どうして、ゼルグ達が彼にそんなことをするのか、理由は全然分からないけどね〟

 ……全くもってその通りだ。すぐさまミリアの問いに答えたアリィーシュの言葉を聞きながら、エリンシェはそう思った。ただの嫌がらせか何かだというなら、今すぐジェイトに「記憶・・」を返してほしい。

「何かできることはないの? このままじゃ、ただ時間が過ぎて行くだけだよ。 ……そんなの、エリンだって耐えられないし、あたしだってじっとしてられないよ。 ――だから、何かできること、ないの?」

 ミリアが真剣な眼差しを浮かべて、そんなことを口にする。

「ありがとう、ミリア。 でも……」

 そんな彼女の気持ちをとても嬉しく思い、エリンシェはそう話しながら思った。――正直なところ、分からないのだ。アリィーシュも答えに詰まって、黙り込んでいる。

「……それに、あたし、ジェイトあいつぶっ飛ばしたいんだよね。 だって、約束破ったんだもん。 カルドも『いつものあいつじゃない』って話してて、何とかしたいって言ってる。 ――だから、ね、エリン。 あたしたち・・と一緒にジェイトの『記憶・・』を取り戻そうよ」

 答えを聞くより先に、ミリアがそんなことを口にした。何の根拠もなさそうだが、必ずジェイトを元に戻してみせるという彼女の決意が、その言葉にあらわれていた。その自信に、エリンシェは固唾をのんで、「どうやって……?」と思わず尋ねていた。

「分からない。 ――けど、できるだけやってみる! とにかく、きっかけはあたしたち・・が作るから、エリンも思ったこと、ちゃんと伝えた方がいいよ」

 その方法も何も決まっていないのに、ミリアがそう言い切ってみせた。エリンシェは少し考え、ミリアに賭けてみることにして、うなずいた。

「……分かった。 私もできるだけやってみるね」

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