W Ⅰ-Ep2−Feather 8 ଓ 交錯 〜intersection〜


 ――ふたりきりになったら、この「気持ち」を伝えよう。


 ……そう思っていただけなのに。どうして、こんなことになってしまっただろう?


    ଓ


 あれから、しばらくして。

 アリィーシュとガイセルの関係を知って以来、エリンシェは自分の気持ちを確かめる意味でも、積極的に、ジェイトと過ごすようにしていた。

 ――やはり、あの日以来、エリンシェの中で「何か」が変わっていた。

 ジェイトの隣にいると、自然とエリンシェの心は安らいだ。……彼と会えない時間はどこか物足りなかった。――ずっと一緒にいたいと願わずにはいられなかった。

 そんなおもいが浮かんでくるのを改めて実感するのと同時に、エリンシェは、いつの間にか、〝彼女〟自身の中で、〝彼〟の存在が大きなものになっていることに気が付いた。


 ――あぁ……私は〝彼〟のことがこんなにも好きなんだ。


 エリンシェは自分のそんな気持ちを悟ると同時に、アリィーシュとガイセルのような強い「絆」を持つにはどうすれば良いのか、考えてもいた。

 ジェイトと心通わすことができたら……。そのためにはやはり、彼に「気持ち」を伝えるのが一番良いのだろう。すぐにそんな考えが浮かんだが、エリンシェは同時にためらっていた。――その時にはまだ、告白するだけの勇気がなかったのである。

 迷いながらも、ジェイトと一緒に過ごしているうちに、やはり一緒にいたいという気持ちが、エリンシェの中でどんどん強くなっていった。

 おもいが募っていけばいくほど、エリンシェは胸が苦しくなっていった。……このままではいけない。そう直感して、エリンシェは思い切って、自分の気持ちに素直になろうと決心した。――そして同時に、覚悟を決めたのだった。


 ――今度、ふたりきりになったら、この「気持ち」を伝えよう。


    ଓ


 そんな矢先のことだった。

「ねぇ、今度丘に出掛けない? ……ふたりきりで。 話があるんだ」

 授業の終わり際、ジェイトの方からそんな声が掛けられた。

 いつになく、真剣な彼の様子に、エリンシェは思わずどぎまぎしてしまう。それと同時に、まさかと期待もしてしまっていた。

「い……いいよ、もちろん」

 断る理由など何もなく、エリンシェは思いがけず声が上ずりながらも、二つ返事をした。ついにやって来たその「機会」に、エリンシェは胸が高鳴り始めたのを感じながら、何とか勇気をふり絞る。

「何、『今度』とか生ぬるいこと言ってんのよ。 !! この後すぐ・・行きなさいよ」

 ふと、授業が終わるなり、カルドと後ろに座っていたミリアが、ジェイトにそう叱咤すると、彼の背中を強く叩いた。――かと思うと、カルドとふたりで足早にどこかへ去ってしまった。

 今――ミリアのその言葉に、エリンシェは思わず気後れしてしまう。それでも何とか自分を奮い立たせながら、ジェイトの反応を待つ。

 ジェイトはというと、しばらく頭を抱え、逡巡しゅんじゅんしていたが、懐に手を入れると顔色を変えた。――「何か」を決意した表情を浮かべると、息を深くついて、口を開いた。

「やっぱり、今日。 ――これから行かない?」

 そんな彼の表情に、エリンシェも覚悟を決めた。

 ……もし。もし、仮に〝彼〟の話が「そう」でなかったとしても、その時は自分からこの「気持ち」を伝えよう。そう決心しながら、一つ小さく深呼吸をして、エリンシェはジェイトに「うん、いいよ」とうなずいてみせた。

 エリンシェの答えを聞いて、ジェイトは嬉しそうに微笑んでみせると、少し先まで歩き出した。そして、エリンシェの方を振り返ると、そっと手を差し出した。

「――それじゃ行こうか」 

 いつかとは違って、〝彼〟のその手が引かれることはなかった。それが分かると、エリンシェは少し迷って、ジェイトと彼の手をしばらく見比べた後、その手をそっと握った。

 ジェイトの手の温もりを感じていると、ずっと一緒にいたいと思う「気持ち」がより一層、強くなった気がした。

 ……丘に着いたら、この「気持ち」を伝えるんだ。そんな覚悟を固め、エリンシェは一歩踏み出すのだった。


    ଓ


 丘に着くまでの道中、エリンシェに宿っていたアリィーシュが、念のために、そのまま彼女とジェイトに同行することになった。

 到着するなり、アリィーシュは〝見張ってるから何かあったら呼んでね〟とだけ言い残すと、すぐさま姿を消した。

 いざ、ふたりきりになると、思わずお互いに意識してしまい、沈黙が降りてしまう。

 ……これでは時間だけが過ぎていくことになる。

「ね……ねぇ!」「あ、あのっ……!」

 そう考えて、エリンシェが声を掛けるのと同時に、ジェイトも口を開いた。ふたりして顔を見合わせ、またもや黙り込んでしまう。

「いいよ、先に言って」

 ……けれど、行動してしまえば、後は簡単だった。エリンシェは顔を赤くしながらも、ジェイトに先を促した。

 ジェイトは少しためらっていたが、姿勢を正すと、改めてエリンシェの方へ向き直った。エリンシェも彼をじっと見つめながら、体勢を整える。

「……エリンシェ。 ずっと君に言いたかったことがあるんだ」

 彼のその言葉を聞いた瞬間、エリンシェの胸が高鳴り始めた。けれど、いつも以上の高鳴りに、エリンシェは息が詰まりそうになる。何とか声を絞り出して、「なぁに……?」と問い掛ける。

「――エリンシェ、君が好きだ」

 その瞬間、エリンシェは一筋、涙を流していた。あまりに嬉しくて、涙が止まらなくなりそうだったが、エリンシェは何度もジェイトにうなずいてみせた。

「私も、ジェイトのことが――」

 すぐに彼のおもいに応えようと言い掛けたが、エリンシェは弾かれたように顔を上げた。そして、顔を急いで拭うと、ペンダントを握った。

「〝聖光オレオール〟!!」

 ――エリンシェが叫ぶと同時に、【衝撃】が走った。

 何とか【衝撃】からジェイトと自分の身を守ると、エリンシェはペンダントを〝聖杖ケイン〟に変化へんげさせた。

「アリィ!」

 エリンシェはアリィーシュを呼びながら、〝聖杖ケイン〟を構える。

 目の前には、ゆらりと揺らぎながら、【闇】が現れた。だんだん形作っていくと、ソレ・・はヒト――ヴィルドの姿へと変わった。

【よくやってくれたね、ヴィルド。 ――それじゃあ、始めようか】

 ゼルグの声が聞こえたかと思うと、姿を現したヴィルドが片手を天高く掲げる。彼のその手から、空気が振動するほどの【力】が放出され始めた。

 慌てて、エリンシェはジェイトを引き寄せ、ありったけの〝力〟を〝聖杖ケイン〟にこめる。アリィーシュの〝気〟がこちらに向かって来るのを感じたが、あともう少し時間が掛かりそうだった。……駄目だ、間に合わない!!

 ヴィルドが虚ろな表情で、その手を思い切り振り下ろす。す術もなく、その【力】がエリンシェとジェイトを襲った。その【力】は駆け付けたアリィーシュをも巻き込んだ。

 〝聖杖ケイン〟に〝力〟を送っていたおかげで、何とかジェイトに傷一つ付けずには済んだものの、【衝撃】に吹き飛ばされてしまったせいで、彼は意識を手放していた。

 あまりの【力】の差に、〝力〟の維持ができず〝聖杖ケイン〟の変化へんげも解けてしまう。同じく【衝撃】に吹き飛ばされてしまったエリンシェは何とかペンダントを呼び寄せ、抵抗しようともがく。

 ……どうして。――どうして、こんなことになってしまったのだろうか。エリンシェは悔やむ。……あんなに訓練してきたというのに、結局何もできなかった。

 それと同時に【敵】の強さを思い知った。――そして、絶望した。……けれど、ジェイトだけは。彼だけは守らなくては。エリンシェは【力】に当てられ、言うことを聞かない身体を何とか動かそうとする。

 かろうじてジェイトの方へ視線を向けると、意識を失った彼の側にはヴィルドが立っていた。……なぜ。ヴィルドが彼に向かって手を伸ばしていた。

「だ……め……っ!」

 制止しようとしたが、声も上手く出ない。エリンシェはくらりと目がかすんだが、自分を叱咤して、ぎりぎり意識をたもち、手を伸ばした。

【キミにも用があるんだ。 ――しばらく眠りな】

 ゼルグのそんな声がしたかと思うと、また【力】がエリンシェに向かって放たれる。

 まともにその【直撃】を食らってしまい、エリンシェはついに意識を手放してしまったのだった。

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