第17話 悪魔使いのエージェント

前回のミーティングから一週間。あれからオレたちは銀色王子シグと毎日トレーニングを行った。逐一の説明は省くが、『微アストリオン状態』での組み手、『デヴィリオン同率開放状態』でのタイマン、『悪魔装纏デヴィル・ドレスト』状態でのガチバトル、『新必殺技』の開発、『連携攻撃』の特訓、などなど。徐々に悪魔化しつつあるヴァイオラは、喜々としてシグとのバトルを楽しんでいた。


「きゃははっ!!」

「くッ……! 速い……ッ!」


……とまあ、そんな感じで。総合力ではヴァイオラが一歩リードしていた。


一通りの訓練メニューを終え、一日休むことになった。それで、オレ様とヴァイオラが中央司令部の窪んだところにある応接ルームで『メダイユ』を使って遊んでいた。『悪魔の設計図デモンズ・プラン』に『漆黒のメダイユ』を嵌め、右の白目と黒目が反転して虹彩が赤黒く染まったヴァイオラが、空中に細かい『漆黒のアストリオン』をシャボン玉にし、浮遊させる。


「新技。『漆黒の泡沫ダークネス・バブルズ』なんて、どう?」

「これは強えな。っつーかエグいわ。触れたものを全部喰っちまうんだろ」

「うん、相手を身動き取れなくして交渉する用、かな」

「発想がオレ様と変わんなくなってきてんぞ」

「……嬉しい?」


ヴァイオラが悪魔的な笑みをニヤァ……と浮かべてオレ様を見る。


「ケッ、なんだよそれ……」

「クックック……」


その時、カツカツカツと誰かが近づいてきて。

ガァン!!!

……と、突然オレ様たちのくつろいでいるテーブルが蹴り飛ばされた。


「……何だァ?」

「なんでこんな所に悪魔がいるんだよ。それも!」

「……あなた、誰?」


ヴァイオラが片方黒い目のまま、机を蹴り飛ばした相手の方を見やる。


「黙れ。それは、あたしの台詞だ」


髪が水色とピンクのポニテ女。鈍い銀色の、身体のラインがぴっちりと出たアンダースーツを着て、オレンジ色でぶかぶかのダウンジャケットを羽織り、頑丈そうなエンジニアブーツを履いている。たぶんシグの創った装備だろう。鋭い眼光をオレらに向け、殺気をバチバチとぶつけてくる。そして背後には一体の、見たことねー悪魔が浮遊している。2つ目の赤いサッカーボールにコウモリの羽根が生えたみてーな、ユルユルな見た目。『願いの悪魔』じゃねーな。


「そこのオマエ、さては下悪魔げあくまか」

「『願いの悪魔』!? ドグネク族の方ですか……! お会いできて光栄です!」


あれ、女と違って随分低姿勢だな……。と思ってたら、後ろの方から三神のおっちゃんが息を切らせながら走り寄ってきた。


「ちょっとー! アストリッド君! 喧嘩はダメだよー! ぜぇ……、ぜぇ……」

「三神所長。なんであたしの知らない悪魔がいる?」

「いや、ヴァイオラ君は『宿主』だ。れっきとした人間だよ」


アストリッドと呼ばれたポニテ女が、え!? と目を見開き、ヴァイオラを見る。


「嘘でしょ……、あたしが見間違うハズは……」

「あー、オレたちは『願い』の影響で少し混じっちまったんだよ」


ポニテ女は顔面を1センチメートルくらいにまで近づけて、じろじろとヴァイオラを睨め回す。


「近い」

「う―――ん……。三神所長がそう言うなら……でも、あたしは認めない……」

「めんどくせーヤツだなぁ」


オレ様がボソッと呟いて、ポニテ女がオレ様の方を睨んだその時。ヴァイオラがポニテ女の耳にフッと息を吹きかけた。


「うわぁっ!?」

「ククッ……」

「……チッ」


ヴァイオラの悪戯に気を悪くしたのかそのまま踵を返し、中央司令部の自動ドアから出てどっかに行ってしまった。赤い下悪魔はそれに従って焦りながら、オレ様に頭を下げつつ出ていった。


「……なんだったんだ、アイツ……」


エリザベートちゃんがハァ……と溜息をつきながら説明する。


「彼女はアストリッド。コードネームはアー。シグが開発される前からこの研究所に所属していたエージェントの一人です」

「『悪魔使いデヴィリスタ』だよ、彼女は。あとでちゃんと紹介するよ」

「あの人が『悪魔使いデヴィリスタ』なんだ……」


ヴァイオラは新しい玩具を見つけた子供のようにワクワクした表情を浮かべている。どーも、『星紋顕現アストラ・リヴェレーション』を会得してから性格が少しアッパーになったというか、アッパッパーになったというか……、よく言えば悪魔化が進行している、っつ―トコだが。複雑な気分だ。


「オレ様も前はだったのか……」

「えっ、何が?」

「なんでもねーよ。で、三神のおっちゃん。んだろ?」

「ああ、実は少し厄介な事象が発生したので、彼女を呼び戻したんだ。詳しくは紹介がてらブリーフィングルームで話したい。30分後に集合してくれ」

「わかりました」

「了~解、だぜ」


――30分後、オレ様とヴァイオラはブリーフィングルームに向かった。広いブリーフィングルームでは例によって全員揃っていて、シグは右側の真ん中あたりに腕を組んで目を閉じてる。ピンクポニテが一番奥のお誕生日席でテーブルの上に組んだ足を乗っけている。ヴァイオラとオレ様は、シグの向かい側辺りに着席する。


「というわけで、『悪魔使いデヴィリスタ』アストリッドさんと、悪魔のレッドラムさんです」

「レッドラムて……。見た目のワリに物騒な名前だな……」

「あたしが付けたんだよ。物騒で悪かったな。……おい悪魔女。何見てんだよ」

「ふふ……レッドラムか。可愛いね……」


ヴァイオラの視線にレッドラムがぞわぞわぞわ~っと震える。


「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

「怯えてんじゃねーかよ……。そんで三神のおっちゃん、何があったんだ?」

「それじゃ説明するね。アストリッド君は、EU圏内で敵対勢力の『悪魔使いデヴィリスタ』と戦っている。彼らは国際指名手配されているケースがほとんどで、多くの悪事を働いており、様々な国家が手をこまねいている状況だ」

「それをあたしがブッ殺し回ってるってわけ」

「(本当に殺しているわけではありませんので……!)」


レッドラムがこそこそと訂正する。なんだこのコンビ……。


「だが……、ちょっと前にイタリアのシチリアで、どっかの『宿主』が大暴れしたせいで、あたしが追っていたクズどもの情報が途切れちまったんだ。余計なことしやがって……」

「……今、なんて?」


ヤバい。ピンク髪がヴァイオラの地雷原に突っ込んだ。全力ダッシュからのヘッドスライディングだ。


「ああ? ヤツらの親玉があの騒動のせいで雲隠れされてしまったんだ。他の組織の連中も同じようにな。親が殺されたんだか何だか知らないが、まったく、迷惑でしかない」

「……」


ヴァイオラの周囲がぐんにゃりと歪んでいる。フラストレーションで『アストリオン』が漏出し、リアルに空間を捻じ曲げているのだ。……だが、三神のおっちゃんやエリザベートちゃんが滅茶苦茶イイヤツなので、この場を壊さないように我慢している。偉い、偉いぞ……! 二人はそんなヴァイオラを見て、ハラハラドキドキだ。おっちゃんが説明を再開する。


「ええっと……。それで、についてだが。その雲隠れしていた『悪魔使いデヴィリスタ』のボス達が、EU各地で活動を再開した」

「何……!」


ピンク髪がざわざわとノルアドレナリンを脳内に放出し、瞳孔がギュッと収縮する。


「その中でも、スウェーデンのゴットランド島、ヴィスビーで撮影された写真だ」

「コイツはッ!」


鷲のような嘴! 『悪魔数1』の悪魔ライグリフだ! 『宿主』ルシフェンを各地で暴れさせる悪魔テロリスト。ヴァイオラが忌憚なく疑問をぶつけていく。


「でも『悪魔使いデヴィリスタ』の話題と、どう関係するんですか……?」

「うん。当然の疑問だ。この写真を見てくれ」


そこには『悪魔使いデヴィリスタ』の姿が。オレ達は一瞬で何が起こったのか理解した。その『悪魔使いデヴィリスタ』の瞳が、あの『紅蓮のアストリオン』の輝きを放っていたのだ。もちろん『宿主』ほどの強さではなさそうだが……。


「そうか、あの嘴ジジイが『悪魔使いデヴィリスタ』どもを手懐けたか」

「その通り。さすが冴えてるね」

「また『願いの悪魔』か……! どいつもこいつも……! 三神所長!」


ピンク髪が三神のおっちゃんをキッと睨む。


「この場にコイツらが居る、って事は、あたしじゃ役不足ってことですか……? 悪党とは言え、あたしと同じ『悪魔使いデヴィリスタ』を千人以上殺戮した奴らの同族と、一緒に戦えと……?」

「……言いたいことは解る、だが……」


バンッ! とピンク髪が机をぶっ叩いた。


「あの中には……あたしのダチが居たんだ……ッ!」

「……っ!」


ヴァイオラの笑みが消え、ピンク髪を見る。流石のオレ様も言葉を失ってしまった。確かに……悪党の手先として動いていたからとはいえ、全ての『悪魔使いデヴィリスタ』が必ずしも自分の意志で行動していたとは限らない……か。……つまりコイツのダチは、暴走したジョゼの灼熱に巻き込まれて命を落としたのだ。


「くそッ」


さっきより力なく、ピンク髪が机を叩く。自分の無力さ、自分の力量。自分が一番理解ワカっているのだろう。握りしめ小刻みに揺れる拳から伝わる。


「……わかった」

「……?」


ピンク髪がポニーテールを揺らせながらヴァイオラを見る。


「あなたの友人を死なせたジョゼは、わたしの一部になっている。――だから、わたしが、この問題に決着をつけないといけない」

「……どういう事?」

「コイツは、シチリアで暴れた『宿主』ジョゼに勝って、支配下に置いたんだよ。そのあとジョゼは消えちまったが、一部の欠片を、コイツの中に遺したんだ。だから、ある意味、ヴァイオラとジョゼは同一の存在である、とも言える」

「……だから、どうしようっての?」


ヴァイオラは三神のおっちゃんに尋ねる。


「ジョゼが破壊したシチリアの島って、監視してますか?」

「ああ、勿論」


おっちゃんが手元のスマホを弄ると、中央司令部のメインモニタにその映像が映し出された。数千℃の爆発が起きた古い建造物――まるで地下の闘技場のような作りのその場所は、溶けた石がドロドロになって冷え固まり、生物が生存するには万一の可能性も感じさせない景色だった。


「ありがとうございます。。バロック、いい?」

「あー。オマエが何をしようとしてんのか、察しは付いたぜ。ココで待ってるよ」

「ヴァイオラさん……? 一体何をするつもり……?」


ヴァイオラは『アストリオン』を集中させるまでもなく。フ、と姿を消した。次の瞬間、メインモニタの荒廃した景色のなかに、ヴァイオラの姿が映し出された。中央司令部とブリーフィングルームの皆は一声も発せず、その光景を見守っている。


「『翡緑のアストリオン』は、『治癒』の力……」


ゴッ! ヴァイオラの周囲に突風が巻き起こり、画面全体が『翡緑』の光に包まれる。廃墟全体を『アストリオン』で覆い尽くしたのだ。そして10数秒が経過。光が段々収まってくると、メインモニタの光景が一変していた。廃墟が、煉瓦造りの広い空間に修繕され。そして……


「ま……、まさか……嘘でしょう…‥…」

「生き返……らせた……? 千人以上の人間を……?」


ヴァイオラがカメラ目線になり、手を振った。次の瞬間、モニタの中にヴァイオラの姿はない。さらに1分ほど経過して、ようやくヴァイオラが戻ってきた。今度はブリーフィングルームの外側からドアを開け、室内に入り、元の席に着席。手にはいつものコーヒーのカップをぶら下げていた。


「ただいま」


ブリーフィングルーム内の全員が、中央司令部の人々が一言も発声せず、しんと静まり返っている。メインモニタの中では生き返った人々が、口々に何かを話し合っているのが見て取れた。ちなみに下悪魔は復活させず、人間だけ蘇らせてた。ま、そりゃそうだよな。


「人の生命を……何……だと思ってるんだ……」

「……」


ピンク髪がなんとか言の葉を絞り出し、そのまま部屋を出ていってしまった。ヴァイオラは何も言わず、コーヒーを静かに飲んでいる。シグは目を瞑ったまま、腕を組んでいる。


「……」


善悪、倫理観のボーダーがアッサリ取り払われてしまった時、人は沈黙するらしい。思考ルーチンの根底にあるものが消滅してしまうからだろう。ピンク髪は感情がぐちゃぐちゃになったのか、廊下で泣いているようだ。ヴァイオラは静かに長く息を吐き、頬杖をついて、次の話題を促した。


「さて、悪魔ライグリフへの対策を立てましょうか……。バロック?」

「あーそうだな、オレ様がまとめるか」


誰も喋らねーので、仕方ない。オレ様が進行することにした。


「ライグリフは『悪魔使いデヴィリスタ』を、かなりの数手懐けている。ジョゼに壊滅させられた組織のボスと、その他の組織がいくつか丸ごとだ。……ただ、ぶっちゃけ規模がどれくらいかはそれほど重要じゃねー。ライグリフ本体を叩けばいい。そしたら『紅蓮のアストリオン』は一気に減退するだろうからな」


シグがそれに回答する。


「そうだね。僕もそれに賛成だ。少数精鋭のチームを組み、ライグリフを狙う」

「わたしもそれが良いと思う」


ヴァイオラが微笑みながら頷く。このやりとりで正気が戻ってきた三神のおっちゃんが、意見を述べる。


「……ああ、とどのつまり、ぼく達が最初に想定していた作戦も、まさにそれだ。現時点での3トップ、ヴァイオラ君、シグ、そしてアストリッドの3名で直接、ライグリフと、『宿主』ルシフェンを叩く」

「アイツが組まれるのは、オレ達がライグリフとバトっている間、『悪魔使いデヴィリスタ』の妨害を防ぐため、だな」

「……そういう事ですね。ライグリフには『悪魔使いデヴィリスタ』の側近が一人いるらしく、能力が不明です。それに対応してもらいます」


エリザベートちゃんも気を取り直して、作戦のあらましを締めくくる。流石はエリートエージェント様。


「ああ。適材適所だな。役不足とかじゃねー。あとはアイツ次第、……かな」

「復活した死亡者の対応については、こちらでやっておくよ」


三神のおっちゃんが大人の対応力を発揮する。これにて一旦、本日のミーティングは終了。具体的な作戦については後ほど通達があるらしい。要するに、ピンク髪が立ち直るまで待ってね、っつーこった。ただ……


「流石にアイツが哀れになってきた。一声掛けてくるわ」

「……よろしくね、バロック」


死者を黄泉帰らせる。言葉にすると単純だが、実際『願う』となると……。

実は、『悪魔の願い』や『アストリオン』を使うならば、想像以上に、単純に、叶ってしまう。なにせ、肉体とはただの物質であり、魂とはただの電気信号なのだから。残念ながら、悪魔であるオレ様には、それが判ってしまう。人間はそこに、ソレ以上の価値を見出す。それを『希望』と言う。だから、思ってしまう。勝手にハードルを上げ、死んだヤツを生き返らせるなんて、そんな難しいこと、出来るはずがない、と……。


「……ああ。一番難しいのは、人間ひとの心だと思うよ」


ドアの外側には、ピンク髪が体育座りの格好で顔を伏せ、うずくまっていた。側に浮遊するレッドラムが、困惑した表情のまま、オレ様に目配せする。


「なあ。知ってるか。アイツ……、ヴァイオラは、父親を亡くしてるんだ」

「!」

「でも、あれだけ強烈な『アストリオン』を身に着けたにも関わらず、生き返らせる、という選択をしていない。なんでだと思う?」

「……」


ピンク髪は答えないが、色々考えているようだ。


「それは、怖いからだ。父親が黄泉帰れば、生活が一変する。母親は自分のことをあまり見れなくなるだろう。つまり、『今』を失っちまうんだ」

「……」

「だから、『今』を失ったオマエに対して出来ることを、倫理観とかそーゆーのを越えてでも、やらなければならない、と考えた。アイツは『今』を失うことへの恐怖を知っているからな。だから、あんまり悪く思わないでやってくれよ」

「……」

「あと、オマエがまずやるべき事は、じゃねーの?」

「……!」


ピンク髪――アストリッドは、メイクがぐしゃぐしゃになった顔をハッと上げて、オレ様に邪険なツラを飛ばしてきつつ、


「……礼は言わない」


と一言残して、走り去っていった。レッドラムのヤツはオレ様にペコペコしながらアストリッドを追いかけていった。一人残されたオレ様はなんとも言えない気持ちがこみ上げてきて、一人悶えた。


「はあぁぁぁ―――!! これがツンデレか――――――――!!」

「何バカなこと言ってんの」


いつの間にか後ろに立っていたヴァイオラが、頬を紅く染めながらオレ様を小突く。


「……でも、…………ありがと」

「ぬあぁぁぁ―――! オマエもか――――――――!!」

「あーもー! うるっさいな!!」

「ま、オレ様はオマエに憑いててやっからよ。『友達』だからな」

「……へへ」


ま、コイツはこのくらいの方がちょうど良い塩梅だよな。



to be continued...

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