第46話 10時間





 工房、と言っていいのやら、元は砦の倉庫だったモノの一つを接収した建物の中では、色々な音が響き渡っていた。


 がぁん、がぁん。ぎゃらぎゃらぎゃら。ちゅいーん。


「あっ、姫様、聖女様!」


 この場での最年少にして、将来の最強候補、ヤード君だ。


「ご苦労様。進捗はどうですか?」


 フォルナがにっこりとヤード君に話しかける。


「え、えっと、しんちょく? ロブナールさんがじゅうちょーだって言ってました!!」


 元気よく、それでいてほほを赤めている。ほほう。


 そんなヤード君の頭をガシガシとかき回したのはロブナールさんだ。


「こちらは承認がおりました」


「事後承認でしょうに。まったく無茶をしますね」


「必要な事ですからね。状況はどうですか?」


「とりあえず、必要な部材は解体を完了しました。今は組み立て準備の段階ですね」


 フォルナとロブナールさんのやり取りが続く。確かに、熊やら狼やらは綺麗に解体されて、原型を留めていない。天井の梁からはなん箇所かに鎖が降ろされ、如何にも建造ドッグって感じになっている。


 ここらへんの機材は、万が一のために聖女アンド小隊長アンド大公令嬢権限で前線まで運んでもらったものだ。ヴァートさんの胃は痛かろう。聖女と妹に勝てる兄はいない。


 俗にいう、こういうこともあろうかと、ってヤツだ。だが現実に稼働している。あるもんだ。



「で、フォルナ。吹いたはいいけど、本当にできるの?」


 そうなんだよ。あれ、企画書だけで、材料が揃っているかどうか、自重に耐えられるかも、そしてまともに動かせるかも検証していない代物なんだ。なんだっけ、アレだ。ベンチャーの起業で投資家に良いことばかりベラベラしゃべるそんな感じだ。わたしも弱小女子プロにいたから、スポンサーの大切さは分かっているつもりだって、そうじゃない。


「それはこれから判断するしかないですね」


 まったく。


「皆さんがいれば、間違いなく達成できると、わたくしは判断したのですけど」


 人を動かすのが上手なプロジェクトマネージャーお姫様ってことだ。



 ◇◇◇



 というわけで、フォルナの指示に従って、倉庫の中央に各部品というか、生体パーツを並べていく。フォルナは分別を主に、運搬はそれ以外の者たちだ。ヤード君が特に頑張っていた。うん、届くといいね。



「ねぇこれ、左右非対称どころか、結構酷くない?」


「調整するしかありませんが、ある程度は妥協するしかないでしょうね」


 手足の長さを伸ばすために、それぞれ4個づつのパーツになっているせいか、長さも太さも違っている。上腕が熊、狼、肘から先は、狼、熊の順番だ。狼と熊の合体で、むりやり一つのパーツに仕立て上げているって感じになる。足もおんなじ。


 胴体に至っては、まだバラバラでどうなるのかも、ちょっと想像がつかない。



 削ったり切ったりして調整すればと思って言ったことはあったのだけど、あっさり否定された。理由は簡単で、甲殻や骨は削ったりして元の形状を崩すと、とたん力が通りにくくなるっていう謎特性があるのだ。不便ファンタジーだよなあ。


 なので、甲殻義肢にしても甲殻装備にしても、多数集められた素材から厳選された、丁度サイズの合うものを調整して使う。つまりは一品モノというわけだ。工業規格の整った世界から来たわたしとしては、もどかしいことこの上ない。


「黒狼の素材は一つしかないので、それを基本にしましょう。あとは、熊の甲殻から形状の合うものを選別するとして、ちょっと足りないでしょうか」


 ちらりとフォルナがこちらを見る。


「わかったよ、取って来ればいいんでしょ。第2分隊出撃準備よろし?」


「了解!!」


「熊殺しのフミカ様ならば安心ですね」


「根に持ってたのかよ!」


 わたしと第2分隊は、『白銀』と甲殻獣残党の起こす嵐の片隅から、こそこそと熊さんの死体を何体か拾ってくるハメになった。



 ◇◇◇



 6時間程が経過した。幸い、甲殻獣たちの闘争はダラダラと続いていて、今のところ砦には散発的に飛び込んできた小型甲殻獣が兵士たちに倒されているくらいだ。こちらの損害なし。良いことだ。


「材料も十分でしょう。組み立てに入りますので、フミカ様はお休みください」


「ええっ? お役御免なの?」


「3時間程後で回復をお願いいたします。それまでは。最後の調整段階では存分に力を発揮していただきますので」


「りょーかい」


 さて、どこにいこうか。


 砦をふらついていて、行きついたのは大公閣下の居室であった。いや別に変な下心があったわけじゃないんだ。ホントに。ちょっとお酒とタバコが欲しいなって、そう思っただけなんだよね。


「入れ」


 扉をノックしたら。速攻で返事があった。誰かとも確認されていない。どんなセキュリティだ。



「どうした、聖女殿か。フォルナの方は順調なのか?」


 大公様の対面にはヴァートさんが座り、その背後にはメリッタさんがいた。三者面談かよ。


「わたしにはよくわかりませんけど、いい顔して作業していました。あれは間に合わせるんでしょうね」


「まったく、アレには困るべきか喜ぶべきか」


「わたしの世界では、技術者は高く評価される人材です。一人の力が100人を救うんです。だから前線に出すのはあまりなかったようですね。もちろん同時に100人を殺すわけですけど」


「戦争ならば、か。だが今回に関しては希望の光だな。聖女殿が火をつけたようだが」


「聖女様、お座りください。お茶をいかがですか?」


 メリッタさんの勧めで、ヴァートさんの横に座る。


「いえ、お酒とタバコはありますか? そうでもしなけりゃ、やってられません」


 目の前に吸い殻が残っている灰皿があって、大公様とヴァートさんの手元には琥珀色の液体が入ったグラスがある。別に突飛なことは言っていないよ。



「ほう、聖女殿はタバコも嗜むのか、これは良い。ヴァートもフォルナもやらなくてな、それに」


 ちらっと、メリッタさんを見る。


「後ろのメイドは手出しもしない。どうだ、養子にならんか?」


「父上!?」


「どうしたヴァート。聖女殿が養子になるとなにか不都合でもあるのか?」


「い、いえ、それは別に、その」


 不遇キャラとしか言いようがない。ほんと、どっかで労うから、頑張れ。



 ◇◇◇



 ふぅっと紫煙を吐き出す。


 ノリノリでここまで来たけど、実は大公様に聞きたいことがあったのだ。


「どうして住民を逃がさないのですか? フォートラントまではどうとして、例えばバラァトまででも」


「……そうしたいのだが、聞かんのだよ」


 大公様は沈痛そうな表情だ。


「フィヨルトが成立した経緯は聞いてはいるか?」


「ええ、まあ」


「今でこそフォートラントとは上手くやっている。だが、初代の意思と、フォートラントから流れてきた者たちの意思。つまりは、そういうことなのだ」


「居場所、ですか」


「そういうことだ、時々だが聖女殿は本当に察しが良いな」


「誉め言葉と受け止めましょう」


 わたしは灰皿にタバコを押し付ける。


「お酒を飲みながら、タバコを吸いながら、誰かとお話を出来るのは楽しいですね」


「うむっ、全くの同感だ」


 でも置いてきぼりの人は?


「ところで、ヴァート様とはどのようなお話を?」


「ああ、褒めていたところなのだ。成長した。俺よりも次代のフィンラントに相応しい人材が生まれたことを、心から嬉しく思っているのだよ」


 本当に嬉しそうだ。本心なんだろうな。よかったね、ヴァートさん。


「いえ、僕などはまだまだです」


「わたしもヴァート様は凄いと思いますよ。2000人を越えるほどの人員管理、兵站。早々できることとは思えません。実際、わたしには、ちんぷんかんぷんですよ」


「だが僕は」


「武ですか? 他の人に任せればいいじゃないですか、なんて言いませんよ。磨いてください。これからまだまだ時間はあります」


「今回の氾濫に、間に合わなかったじゃ、ないですか」


「大丈夫、この国の皆の力と、わたしがいます。未来を見てください」


 ヴァートさんは、崩れ落ちるようにソファに持たれ、ため息のように言う。



「頼みます。僕だけじゃない、フィヨルトの全ての者たちのために、聖女様の力が必要なのです」



「わたしがヴァート様を凄いと思っているのは、そこですよ。他者の力が必要と思ったら、それを言う事が出来る。それは上に立つ者に必要な資質だと、私はそう思います」



 先の会議から10時間程。くだらないけど、ちょっと楽しい会話は続いた。



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