第2話 召喚? 転移? 全部、転生だと分かりやすい気がする



「なんだこれ」



 わたし、芳蕗文香の目の前にあるのは、ごく普通の姿見、鏡だった。


 だけど異常事態であることは間違いない。その鏡には、わたしの姿が写っていなかった。すわ、吸血鬼かと。


 そっと指を伸ばしてしまう。ありふれた表現なら、吸い込まれるように、だ。


 鏡に触れるか触れないかの瞬間、今度は本当に吸い寄せられた。


 指が鏡に沈んでいく。水面のように波紋が浮かぶ。そのまま、指が、手首が、そして腕までもが。


 このままでは不味いと、両脚を肩幅程広げて腰を落とした。無礼るな。わたしを誰だと思っている……っておいっ。


 バカな、わたしの、このわたしの162cm、82kgの肉体が、日本最強女子の異名を持つ身体が、踏ん張ることさえできずに鏡に吸い込まれていく。


 いや、これは、溶け込んでいる?


 さすがにここで恐怖を感じた。そして、なぜか温かみを感じる何かを通過したと認識した後、わたしはそこにいた。



  ◇◇◇



「……っ!!」


 相手がこちらを振り向き、警戒する様は当然理解できる。当たり前だ、『彼女』はこちらに背を向けていたのだから。


 同時に、彼女が動いた。


 武闘派だってか。


 わたしがついぞ体験したことのない、反応速度、深い踏み込み、純粋な速さと力強さ、そして繰り出される右貫き手。


 一応急所は外してくれているようだけど、これをまともに食らったら、かなりヤバいぞ、ほんとに。


 というか、なんでわたしがこれに反応できた? 鏡に吸い込まれるときに臨戦態勢には入ってはいたけど、ここまでの速さの相手に対応できる? おかしくない?


 疑問は置いて、同時にわたしは踏み込んだ。後ろ、横、ありえない。活路はいつだって、前だし、そして内側なんだ。


 自分でも信じられないほどに、深く低く、そして前に出たわたしに、彼女が動揺したのには同情してしまう。わたしでも不思議なくらいな動きなんだから。


 わたしの右肩を狙った貫き手は、わずか数センチ上に逸れた。そして彼女の右脇に、わたしの肩が入る。同時に叫ぶように気合を入れた。


「チエアァァ!!」


 肩での打撃、そして関節技だ。見たか、これこそ……、って、え?


 彼女は唖然とした様子で、一歩後ろに下がっていた。


 まさか? スカされた!? 冗談でしょ?



「ふぅ、凄いですね」


 一拍の間をおいて、彼女はちらりとわたしの背後を見た。そして。


「まさか……!?、聖女様……」


「はい?」


 間抜けな声を出したわたしは、ここにきて、やっとまともに彼女を観察することができた。


 冗談のように綺麗なブロンドと、緑の瞳、白い肌。すらりとした長身。そして、これはどう言えばいいのだろう、物語に出てくるような、いかにもなお嬢様、いや、お姫様の纏うような若草色のドレス。


 なにより特徴的なのは、両肩に纏われたグルグル巻きの髪型だ。いわゆるドリルヘアー。


 対する私は、ショートな黒髪、黒目。まあ典型的な日本人だ。日本人だもの。


 姿格好といえば、これからイベントを控えていたための、黒いチャイナドレス。一応、足首までのロングだけど、何故か龍の刺繍入りときたものだ。


「わたくしは、フォルフィナファーナ・ファルナ・フィヨルトと申します」


 いつのまにか片膝をつき、両腕を交差していた彼女が言った。


「大変な失礼をいたしました。申し訳ございません、聖女様。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」



 その高貴な圧にわたしは後ずさり、それに併せてカツリと硬質な音が鳴った。



 それはわたしの足の薄緑色のハイヒールの音だった。



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