それが聖女のハイヒール ―機動悪役令嬢前伝 わたしのキックは全てを癒す!―

えがおをみせて

第1話 格好良いとはどういうことさ




 わたしは格好良いことが好きだ。


 おっちゃん(弟、文雄)にも、ねーちゃん(妹、文音)には一応同意してもらえている。


 そもそも格好良いとは何かと言われれば、明確な答えなんて、誰にも出すことはできやしない。だから格好良いとは、結局、自分自身の自己満足でしかない。


 うーん、だけどこれは流石にどうなんだろうか。


 目の前には、こちらの世界で甲殻獣と呼ばれる怪獣みたいのが、ひっきりなしに襲い掛かってきていて、大公国軍の精鋭達がそれを迎えうち、相手を打ちのめし、一部は吹き飛ばされている。


 現実今も、弾き飛ばされた兵士がわたしの目前に転がってきた。明らかに重症、というか、後ものの数分でこの世からおさらばな状態だ。




 だからわたしは、その兵士を『全力で蹴り飛ばす』。




 手足が本来あってはならない方向に折れ曲がった兵士を蹴り飛ばすという蛮行。だがそれは現状では最善手であることを疑うような者はここにはいない。すでに見せつけたからだ。


 わたしに蹴られ、数メートル程転がされた重症兵士はその数秒後、緑の光に包まれ、ゾンビのように立ち上がった。


「ありがとうございます。いってきますっ!!」


「うん、頑張って!」


 そんな会話をどれくらい繰り返しただろう。


 早朝から始まった、甲殻獣氾濫の対応作戦。正直なところ、かなり状況がマズいというのは多人数戦闘に疎いわたしにもなんとなく分かっている。


 だけど蹴るしかない。


 そんなことを考えている間にも、兵士が吹き飛ばされてくる。ああ、これはムリだ。彼はそのまま大木に叩きつけられ、背中から二つに分かれてしまっている。


「聖女様……私は、いいです。いいのです。私は……」


 ほぼ即死だ。そうして、こと切れた。


 当初の予定とほぼ変わらない状況ではあるが、やはり心にくるものがある。


 わたしの周りでは、およそ100名ほどの精鋭が戦い続けている。


 わたしは彼らが傷を負うたびに、覚えたばかりの強化を行使して移動し、蹴りをぶちかましている。


 お願いだから、一人でも多くに生き残って欲しい。


 このまま甲殻獣に突撃してしまいたい衝動は抑えきれないレベルにまで来ていると、自分でもそう思ってしまう。


 だけどわたしは、わたしの役割を為すしかないのだ。


 わたしを中心に半包囲している形で戦っている彼らを癒すのが私の務め。それはよく理解している。理解しているつもりだ。


 だから必死に繰り返す。『ハイヒール』を繰り返す。


 戦闘開始からすでに3時間以上。甲殻獣の進行は衰えを見せない。



 ああ、わたしは甘かった。予定通りの戦場も無ければ、格好良い戦いなど、ここには無かった。



 だけどさ、彼らは格好良い。


 誰がどのように感じようと、彼らは立ち向かい、時にはわたしに助けられ、時には死んでいく。それが彼らの為すべきことだから。



 だからわたしは、繰り返す。わたしにできる最高の『ハイヒール』を。


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