蚊がヴァンパイアだったらギリ許せる話 リスタート

塩野秋

蚊がヴァンパイアだったらギリ許せる話 一期ノベライズ

第1話

 もう九月だというのに、まだヴァンパイアが家に居座っている。


 ようやく夜風が涼しくなり、寝苦しい季節が去ったと思い油断していた。うとうととしていると不意に身体が重くなり、寝苦しさに目を覚ました。同時に、首筋に痛みが走る。

「痛え!」

 反射的に、身体の上にのしかかる何かへビンタを喰らわせる。暗闇の怪物赤い目を光らせ、短く甲高い悲鳴をあげて、床に転がった。慌てて電気を点けて、知我優は首筋を抑えながら、忌々しい目つきで姿を確認する。

 こんな季節になってもいるとは。白い髪、黒いマント、赤い瞳に血のついた牙。

 間違いなく、ヴァンパイア。

 ヴァンパイアはころんと後転し、いてて、と頭をかいていた。

 明るい場所で見ると、思ったよりも幼く見える。頬にかかるくらいのショートカットヘアをしていて、大きな赤い瞳が可愛らしく整った顔で光っている。長く黒い、襟付きのマントの下は上品なシャツと膝ほどまでのショートパンツを履いている、外国の少年を想起させる少年ヴァンパイアは、歯に残る知我の血を舐めとると目を見開いた。

「えっめっちゃうまい、何使ってるんですか」

「ダシじゃねえんだわ」

 筒状に丸めた新聞紙がヴァンパイアの脳天を直撃した。

 それから気に入られてしまったのか、少年ヴァンパイアは彼の部屋に居座った。ヴァンパイアが夜中に血を吸ってくるので二郎系ラーメンを毎日食べる羽目になり、片時も十字架が手放せない。いい迷惑である。

 友人の間で「人避けに最適」といわれる愛想の無さはヴァンパイアには効かないようで、視線を向けると笑顔で返してきた。すかさず十字架をかざして、近づかないようにと制した。

 ヴァンパイアはチョコレートと薔薇の生気が代替品となるらしい。そういうわけでチョコレートと薔薇を置いておくと、見事に寄ってくるが、必ず騙されたみたいな顔をする。どうして俺が無言の抗議を受けるんだ。知我は眉根を寄せる。

「食えるもんがあるだけありがたいと思え」

「え、やさしっ。お兄さん、なんだかんだいい人ですね。血も美味しいし」

 少年ヴァンパイアは、赤い瞳を潤ませて、知我の手を握る。よくよく近づくと身長に大差がないことに気がついた。知我より少し小さいくらいだ。

「うるせえ出てかねえからだわ」

「ぎょわー! ヴァンパイア虐待反対!」

 十字架とファブリーズをかざすと見事に遠ざかり、部屋の隅で身を縮めた。

 知我が近づき、ため息をついて見下ろす。

「……お前、いつまでいるの」

「ハロウィンには出て行きますので……」

 図々しいな、こいつ。

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