切れ端

@quektn

Door

肯定とも否定とも捉え難い、不思議な沈黙がしばらく続いた。彼女はその時間を慈しむように目を伏せて物思いに耽っているようだ。そして僕も質問の答えがどちらでも構わないと言う風を装って文庫本のページをめくっていく。そうして幾らかの時が過ぎた頃、ゆっくりと彼女は視線をこちらに向けて一言だけ。

「いいよ」

僕にはその言葉だけで十分だった。文庫本を閉じて机の上に静かに置く。どこまで読んでいたか、しおりを挟むのを忘れてしまったが今はそんなことはどうでもいい。僕も彼女の言葉に対して誠意を持って答えなければいけないと思ったから。

「それじゃあ、隣の部屋へ行こうか」

木目調の扉を指さした。あの扉は普通に外側から引いた時は耳をつんざく金具の軋む音がする。でもきちんとコツを掴めば静かに開けることができる。これから先、そんな些細なことも彼女にひとつひとつ教える時間が来るのかなと思いながら僕は席を立った。

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