僕は幼馴染のお尻に敷かれている
烏丸英
起床→即ヒップドロップ
「……よし、窓は閉まってる。向こうのカーテンも閉じたままだし、起きてる様子はないな」
午前6時15分。目覚まし時計の音で目を覚ました
緊張していた気分を和らげて安堵の溜息を吐いた彼は、数メートル先にある窓を見つめながらうんざりとした口調で更に呟く。
「まったく、どうして僕が毎朝こんな気分で目を覚まさなくちゃならないんだ……!?」
物心ついた時から、蒼は爽やかな朝の目覚めというものを経験したことがほとんどといってない。
この言いようのない緊張を毎朝のように感じながら目を覚まし、ベッドから飛び起きて部屋の戸締りを確認するという行為を日課のように繰り返さなければならないからだ。
うっかり窓の鍵を閉め忘れたり、網戸のまま眠りに就いてしまったら……その隙を、彼女は絶対に見逃さずに突いてくる。
だから蒼はどんな熱帯夜だろうと隣の家の2階の部屋と天井を通じて行き来出来る側の窓を開けようとはしなかったし、毎晩鍵を閉めたことを確認してからベッドに潜り込むようにしていた。
それでも、数日に1回はその厳重な警備を彼女に潜り抜けられてしまう時があるのだが……少なくとも今日は安心出来そうだ。
普段よりも早く起きたし、鍵も締まっているし、彼女が起きている様子は見受けられない。
このまま、彼女が目を覚ます前に支度を整えて家を出よう……と、蒼は考えていたのだが――
「にししっ! そう上手くいくかにゃ~?」
「!?!?!?」
背後から聞こえたいたずらっ子の声を耳にした蒼の表情が驚きの色に染まる。
反射的に声が聞こえた方に振り返ってしまった彼は、ギシッというベッドが軋む音が響くと共に自分目掛けて突っ込んできたオレンジ色の丸い何かを目にして、己の油断とその行動を後悔した。
時間にして、ほんの数秒。戸締りを確認した蒼が安全を確保したと安心しきったその瞬間に、彼女はご挨拶の1発を繰り出してきた。
生まれてから数えると17年、物心ついた時から数えればおよそ12,3年ほどの人生の中で、最早数え切れないくらいに受け続けた彼女の攻撃(?)が、今日も寸分違わずに彼の顔面へと叩き込まれる。
「お尻、ど~んっ!!」
「ふべふっ!?」
どすんっ、という鈍い音と、どたどたという騒がしい物音が蒼の部屋に響く。
最初の音は大きめな丸いお尻が彼の顔面に直撃した音で、次の音はその攻撃を受けた蒼がカーペットへと倒れ込んだ音だ。
いくら柔らかいカーペットの上とはいえ、思いっきり後頭部を床にぶつけた蒼が前と後ろに響く別種の痛みに呻く中、彼をそんな状況に追い込んだ張本人は、彼の顔の上にお尻を乗っけたまま、楽しそうに話を始めた。
「ふっふ~ん! 油断大敵だよ、蒼くん! あたしがくのいちみたいな刺客だったら、蒼くんは今頃あの世に旅立ってる頃だろうね!」
「現代日本においてはそんな状況になることが稀なんだから、寝起きで油断するなもへったくれもないでしょ!? っていうか、どうやって僕の部屋に入ったのさ? 鍵は閉まってたはず、ぼふっ!?」
「宗正おじいさんに協力してもらった! 蒼くんが寝た後にこっそりと鍵を開けてもらったんだ!」
「君もおじいちゃんもなにやってんのさ!? っていうか、そろそろ僕の上から退いて! いい加減息苦し、ぶふっ!?」
「え~? 本当にいいのかにゃ~? 可愛い幼馴染のお尻の感触を思う存分に堪能するチャンスなんて、滅多にないと思うよ~?」
「毎朝のように僕の部屋に侵入してヒップドロップを喰らわせようとする君に言われたくない! もう、本当に退いてくれ!!」
「ああっ! もう、あと少し楽しんでたかったのににゃ~……!」
動揺した心を静め、頭の痛みにも慣れてきた蒼は、自分が発言する度に器用にお尻を上げ下げしていた彼女の小さな体を思いっきり押し退けた。
お尻は大きいが体は小さい彼女は、ころころと部屋の床を転がった後、呼吸を荒くする蒼をからかうようにして笑いながら、改めて朝の挨拶を口にした。
「おはよう、蒼くん! もうすっかり目は覚めたよね!? じゃあ、今日も早朝のランニングに出掛けよう!」
「おはよう、やよいちゃん……! 君のお陰で、自分でもびっくりするくらいに眼が冴えてるよ……!!」
「にゃはははっ! いや~、そこまで感謝する必要はないって! 幼馴染として、当然のことをしただけだからさ!」
「……1つ聞きたいんだけどさ、君の中では幼馴染というのは毎朝不意打ちのように顔面に強烈なヒップアタックを喰らわせて、相手の目を覚まさせるような関係のことをいうのかい?」
「そんなわけないじゃん! あたしと蒼くんの関係が特別なんだぞ!」
「ああ、よかったよ。君が常識的な考えを持つ人間だってことを知れてさ。あとは、その常識を僕とのやり取りに適用してくれると最高なんだけどなぁ……!!」
男としてはかなりラッキーなのだろうが、蒼個人としてはそこまでありがたくないというか、どうにも反応に困ってしまう幼馴染からの奇抜な行動は、大いに彼の頭を悩ませているようだ。
浮かない表情どころか頭を抱えて唸る彼の姿を見つめながら、うぷぷと可愛いが可愛くない笑みを浮かべたやよいは、とても楽し気な様子でこんなことを言ってのける。
「顔面騎乗が嫌なら、別の場所にお尻をぶつけてあげようか? 具体的に言えば、おちんち――」
「はいはいもう目が覚めたからとっとと自分の部屋に戻った! ランニングに行くんでしょ!? 君も着替えなさい!!」
「にゃははははっ! ほんっとーにわかりやすいくらいに慌てるよね、蒼くんって! ま、そんな性格じゃなかったら、あたしもこんなことしてないんだけどさ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ蒼の反応に大笑いした後、ぴょこんぴょこんと猫のように飛び跳ねたやよいが屋根を伝って自分の部屋へと戻る。
窓を開け、自室に入る寸前に動きを止めた彼女は、先程まで蒼の顔面に乗せていたお尻をパジャマ越しにぺちんと叩くと、くすくすと笑いながら彼へと言った。
「15分後に、玄関前で集合ね! もし遅れたら……もう1発、お見舞いしちゃうぞ!」
「ああ、そうですか……! 絶対に遅刻しないから、安心してください」
「とかなんとか言っちゃって、本当はもう1回くらいあたしのお尻に敷かれたいとか思ってるんじゃな――」
話の途中で窓を閉め、カーテンをも閉めた蒼は、自由奔放な幼馴染の奇行に今日も大きな溜息を吐いた。
すっかり痛みの引いた頭を抱え、階段を降りて1回へと向かった彼は、歯を磨きながらこんなことを思う。
(いや、ありがたいと思う部分もあるんだよ? 彼女のお陰で健康的な生活を送れてるし、色んな面で世話になってるしさ……)
こうして朝練のない日にも寝坊せずに起床出来るのも、日課であるランニングを毎日こなせているのも、破天荒な形とはいえ、自分を起こしに来てくれるやよいのお陰だということは理解出来ている。
だがしかし、もっとこう、なんというか……他に方法はあるではないか。
家に忍び込む必要もなければ、あんな過激な方法で起こす必要もない。
蒼の顔面にそれなりの負担を掛けずとも、彼を起こす方法なんてそれこそ山のようにあるはずだ。
そういったことを強く言ったりもしているが、やよいには堪えた様子はない。
年頃の娘が隙あらば同い年の男子にお尻をぶつけるだなんてのは、誰がどう考えても破廉恥極まりない行為だ。
だがしかし、蒼からしてもこの過激な行動は迷惑が半分とちょっとした喜びが半分といった具合に収まっており、なんだかんだで本気で拒めない自分がいることも理解出来ている。
やよいも蒼のそういった想いを見抜いた上で彼が自分に手出しをしないヘタレだと判断しているが故に、10年以上もこの習慣を続けているのだろう。
お転婆なやよいに振り回され続けた長年の経験が、彼女との相性が、そして大いに意識している関係であるが故のパワーバランスが、蒼と彼女との関係を決定づけてしまっている。
彼の名前は宗方蒼。隣に住む幼馴染の名前は西園寺やよい。
彼は、常に……物理的にも、精神的にも、彼女の尻に敷かれ続ける毎日を送っていた。
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