エピローグ

 僕達の一族は何も変わらない。

 僕達を支配していた『全知全能の神』はすでにその力を失った。

 ただ呪力を多く有しただけの存在となった。

 僕達は神から開放されたのだ。

 だがしかし、だからといって何か大きな変化があるわけではない。

 僕達の一族は以前と変わらず西園寺の一族の使用人として西園寺家に忠誠を誓っている。

 西園寺家からの謝罪など必要ない。

 僕達の一族は元々部落の人間であり、差別の対象であり、嫌われていたのだ。

 『蛇蠍』の名の通り。

 僕達にとって西園寺家は恩人であり、例え道具として扱われようとも、例え実験の道具とされようとも、例えただの呪物に対する対抗手段だったとしても、

 僕達の一族は西園寺家に最大の感謝を示し、忠誠を誓う。

 『全知全能だった神』によって半ば強制的に行っていた近親相姦も、当人の自由意志が決定したことだ。

 人間には近親相姦を避ける仕組みとして子供の頃から一緒に過ごした相手に対しては性的興味を持ちにくいというウェスターマーク効果があると言われ、他にも遺伝的に近い匂いを避けるという仕組みが人間に備われているのではないかと言われている。

 しかし、僕達の一族においてそれは働かない。むしろ、逆効果である。

 子供の頃から一緒に過ごした相手対して強い性的興味を抱き、遺伝的に近い匂いを好むのだ。

 自分が好きな相手と結婚しただけなのに、それについて謝られても苛つくだけだ。


 僕達の一族は何も変わらない。 


 唯一。

 大きな変化があったとするのならば、僕が『蛇蠍』の名を捨てたことだろうか?

 

 ■■■■■

 

 カランカラン

「いらっしゃい」

 カフェのドアが開かれたことを示す鈴の音が店内に響く。

「よぉ。元気にしているか?」

「まぁね。金欠で困っている君よりは遥かにね?」

「おいおい、そこに触れるのは禁忌だろうがよぉ?……借金はまだ待ってくれ。頼む」

 僕が経営しているカフェに入ってきたのは、高身長イケメン、アニメのキャラクターがデカデカと書かれた痛々しいTシャツがすべてをぶち壊す男。

 立派?な大人になった春来が僕の店へと訪れていた。

「こんなところに油売っていていいの?お店は?後、一応この店まだ開店前だよ?」

 そんな春来の手には指輪がつけられている。

「は?いいんだよ。親がやっているからな」

「はぁー。君はもう成人済みでしょ?そんなで僕は心配だよ。後、開店前ってことには触れてくれないのかい?」

「いいだろ。未だ親は現役なんだ。あんな寂れた本屋を継いでやるんだ。少しサボってもな?後、別にいいだろ?お前の店そこそこ繁盛しているから、混んでいるときに来たくないんだよ。それに、そいつらもいるしいいだろ?」

 春来は堂々とテーブルに座り、コーヒーを嗜んでいる和葉を指差す。

 和葉は一端のOLらしく小綺麗なスーツをビシッと着こなしている。

「ちゃんと開店しているときに来てくれ」

「はぁー、いいじゃない別に。昔からの仲で恋人同士なんだから」

「いつ僕とお前が恋人同士になった?どこの世界線の話をしている?」

「ねぇ。いつ結婚式を上げる?結婚できる年になった瞬間に結婚しようとしたカップルもいるんだし、そろそろ良いと思うんだけど?」

「僕とお前が結婚する未来は来ないよ?」

 結婚できる年になった瞬間に結婚しようとしたカップル。

 良家の娘である彼女に相応しい結婚指輪を買うために友達に土下座して多額の金を借りていそうな男が僕の頭の中で浮かび上がる。

「それよりももうお前らは仕事に行かなきゃいけない時間だろ?さっさと行け」

「そうね。名残惜しいけど……ん?お前『ら』?」

「あぁ。そうだよ!」

 僕は僕の足にずっと捕まっていた神奈を持ち上げる。

「うわぁ!?何をするの。お兄ちゃん!」

「何をするのじゃないだろうが!仕事行けや」

「私はまだ大学生。大学は」

「お前は大学に行っていないだろうが」

 僕は神奈の言葉を遮り、告げる。

 神奈は大学に進学せず、美玲の秘書として就職した。

「い、いつの間に!ルールは!」

「へへん!私は呪術を使ってちゃんと時間通りに転移してきたから!」

「呪術なんてずるいわよ!私もコトリバコ持ってくるわよ!」

「やめろ。ここを荒らすな。出禁にするぞ」

 こだわりにこだわって内装なんだぞ?

 荒らしたりしやがったらぶちのめす。


『まったく喧しいガキ共だな』

 

 僕の頭の中で女性の、アラハバキの声が響く。

 ガキって……僕も、和葉も、春来も24だよ?

 神奈だって21。立派な成人だ。

『ふん。妾からしたらひよっこも当然よ』

 あー、さいですか。

 そういえばこいつはすごく前から生きているんだっけな。

「神奈。会議のセッティングしておいてちょうだい」

 平然と姿も気配も消して寛いでいた美玲が言葉を告げる。

「「いつの間に!?」」

 いきなり姿を現した美玲に二人は声を揃えて驚く。

「昨日からよ」

「ちょっ!ルールは!」

「私は聞いているルールは朝7時前にここに来ないことよ。昨日のうちからスタンバってちゃいけないなんてルールは聞いていないわ」

「なっ!」

『ちっ、狡猾なメスが……』

 未だにアラハバキは西園寺家のことが嫌いだ。

 まぁ仕方ないといえば仕方がないが。

 ちなみにこのルールは朝4時とか、3時とかに来る常識外れな三人の行動を抑制するために僕が作ったルールだ」

「そ、そんなのずるよ!」

「うるせぇ!お前らは仕事だろうが!さっさといけ!」

「神奈!

「「……はい」」

 二人は不満たらたらではあるが、大人しくカフェから出て、仕事に向かう。

 これ以上ここでゴタゴタしていたら遅刻する可能性があるので、当然だ。

「じゃあ、俺ももう行くわ」

 二人に続いて、春来もカフェから出ていく。

 このカフェ内に残ったのは僕と美玲だけ。


「じゃあそろそろ私も行くわね」

 ゆっくりと時間をかけてコーヒーを飲み終わった美玲が席を立つ。

「美玲。ちょっと待って」

 僕はカフェから出ようとした美玲のことを呼び止め、美玲の近くに転移する。

『なっ!お主!』

 僕はなにかに気づき、驚きの声を上げるアラハバキを無視して美玲に近づく。

「ん?何?」

 僕の方に振り返った美玲の身体に、僕は有無を言わさず腕を伸ばし抱き寄せる。

 そして────

 自分の唇と美玲の唇を重ね合わせた。

 ぼーっとする美玲を離し、距離を少し置く。


「遊園地のときの答え。仕事。頑張ってね」

「……うん!頑張る!」

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