第44話

「くっ……!俺はもう無理だ……。俺を置いて先に行け!」

 ベンチにぐったりと倒れている春来がそんなことをのたまう。

「お化け屋敷に行っただけだろうが……」

 僕は呆れたように呟く。

「……だけとか言うな……。俺にはこれが限界なのだよ。君」

「わ、私が春来の面倒を見ておくから二人は好きに回っていいよ」

「そうするわね。ほら、行きましょう?」

「あ、うん」

 僕はスタスタと歩きだしてしまった美玲を追いかける。

 少しくらいは二人のことを気にしても良いんじゃないの?あの二人なんかいい感じになりそうだよ?

 美玲が焚きつけようと言ったのに。

 まぁ、もう私の仕事は終わったとでも思っているのかな。

「どこに乗ろうかしら?」

 美玲は悩みながら遊園地内を歩く。

「あ、観覧車なんかはいいわね。最後に乗るものとしては最適ね」

「多分時間的にこれが最後っぽいしね」

「えぇ」

 もう日は沈みかけ、空は橙色に染まっている。

 僕と美玲は観覧車に向かう。

「観覧車なんて久しぶりね。それに、あなたと乗るのは初めてね」

 僕達が乗った観覧車のゴンドラはゆっくりと動く。

「護衛なら僕の両親のほうが向いているからね」

 美玲が最後に観覧車に乗ったのはまだ小さかった頃。

 美玲が観覧車に乗る時は御当主様や奥様と一緒。

 それらの時は護衛として僕ではなく僕の父が乗っていた。

「今なら美玲をちゃんと護衛してみせるよ」

「……そういうのじゃないわよ」

「ん?」

「ねぇ。世の中のカップルというのは二人きりの観覧車をロマンチックに楽しむそうね?」

「えぇ。美玲も西園寺家に相応しい素晴らしい男性を紹介してくれたら安心できるんだけど」

「……そんなのありえないわ」

「それは……困る」

 僕としては美玲の気持ちを尊重したいが、美玲が結婚して子供を作ってくれなければ西園寺家が途絶えてしまう。

 ちゃんと素晴らしい男性を紹介してもらいたい。

「あぁ、もう!せっかくのふたりきりなのに!いい!?」

 美玲は叫びながら勢いよく立ち上がる。

 頂点に達しようとしている観覧車のゴンドラがゆらゆらと揺れ動く。

 夕日のせいか、美玲の頬は赤く染まっている。

 暑いのかな?準備不足だ……!冷やせるものを持っていない。

 ……なんか、最近駄目だな。僕。ほんと。

「これが……私の気もちよ」

 観覧車のゴンドラがちょうど頂点に達したその時、立ち上がった美玲が動き、僕に覆いかぶさる。

「ん?」

「えい」

 そして、美玲はそのまま顔を近づけ僕の唇と自身の唇を重ね合わせた。

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