第19話 結局おカネよ





手っ取り早く富を手にする方法とは何か。


博打に全財産を賭けるか、埋蔵金でも掘り当てるか?

そんな不確かなものではなく、それは『奪う』事だ。


サキュバス先生が語った魔族という『労働力』を失い、富を失くす事を恐れ侵略を始めたニンゲンの過去。


ルルが伝え聞かされてきた魔族の秘宝を狙い富を手にしようとしたニンゲンの王。


どれもが『奪う』事を目的に引き起こされた出来事だ。


そして現代、その昔話を引き継ぐように『冒険者』という生業を持つ者が魔族領へ冒険という名の私掠を働いている。



「おカネは生きるために切っても切れないモノ。パンも家具もお茶もそう。

全部おカネとの物々交換で得るモノだから」



ことり、と淹れたてのお茶を配りながらサキュバスは語る。



「ここまで散々ニンゲンの悪口を言ってきたけれど、私達魔族だってキレイな面ばかりじゃなかったのよ。」



今でこそおカネ…貨幣は魔族でも流通し、社会基盤を支える重要な要素となっているが、昔は違ったらしい。



「この広ーい魔族の領土でもね、豊かな所とそうでない所があるの。

自分達の生活を成り立たせる物資すら賄えない所がね。

そんな所に住んでいる魔族が、ニンゲンを見て…元を正せば魔族から奪ったモノで悠々と暮らす様子を見たら……分かるかしら?」



考えるまでもないだろう。奪り返したのだ。



「そう。むかーしの大戦程では無いけれど、最近まで……あぁ、ニンゲンの感覚だとこれも昔かしら。

少し前までは『生活の糧』を得るための小さな争いが各地で起きていたの」



ボクが生まれる前のお話だよー、と添えるスライム。



「どれもが小さな争いだったけれど、それでも魔族は疲弊するし戦う度に物資は無くなっていく。

結果、前にも増して苦しくなっていく…皮肉なものよね」


「そうこうしている中で、貧しい土地の魔族や、ニンゲンの侵略を受けていた地域の魔族が、団結して大きな戦争を仕掛けようとしていたの。

……あっ、ちょっとお茶飲むわね」



ぐいっ、と一息に流し込むサキュバス。熱々なのに大丈夫なのだろうか。



「ごめんなさいね。ちょっとカラダが冷えやすくって。

ええっと、それで…

この大きな戦争をなんとかして回避したい、って考える魔族もいたの。

皆がニンゲンに恨みを持っている訳でもなかったから、ね。

その回避策として…お仕事としてのニンゲン退治が始まったの」



魔族とニンゲンの大きな争いはもうこりごりだ。


しかし貧しい土地の者は食い扶持が無く困っているし、ニンゲンの手先…冒険者による私掠も目に余る。


ならば…掃いて捨てても湧いてくる冒険者という名の侵入者を追い返す行為で食っていけるようにしよう、という事らしい。



「ニンゲンを叩きのめしたら金一封。

相手の持ち物を手に入れても良し!もし負けても労災として給付金が出ますよ、って決められたのね。

……この制度のおかげでニンゲンに荒らされる地域も減ったし、生活が苦しくて開戦を唱えていた魔族も警備員として暮らせるようになった。

めでたし、めでたし!」



戦争という種族間の命のやり取りを回避し、略奪者を『ちょっと痛い目に合わせて追い返す』だけらしい。


それで割に合うのかと疑問はあるが。



「あちら側と違って、魔族領はマナが豊富でダンジョン産の資源があるのでな。それを奪われないってだけで大助かりなのさ。

ダンジョンを管理する自治体から警備に充てる税金を集めて分配すれば、贅沢はできずとも皆が暮らしていける」



ズズー、っと紅茶を啜りながら言うルル。


シワシワの衣服にシミができている。溢したのだろう。



「そうね。そんな経緯があって…アナタのようなニンゲンはお小遣いのためにボコボコにさせてもらいます、ってスタンスなのよ私達は。

……でも、あくまでもおカネのため。

私達の世代は戦争を経験していない者がほとんどだし恨みとかもないし。

だから…お仕事のためにアナタをやっつけます。

今日がオフの日でなければね♡」



冒険者を見るサキュバスの目が妖しく光った気がする。


ぞくり、と悪寒が走った。

もしやこの飲み物の中に何か……



「うふふ…美味しいでしょその紅茶。

変なモノは入っていないから安心してね♡」



気のせいだったようだ。


それから二度のおかわりをいただき、チロチロと燻る暖炉の前に床を用意してもらった。


スライムとルルの大音量寝息に挟まれながら、冒険者は今日の話を思い返す。


自分は魔族領に紛れた異物なのだ。


他の冒険者と同じように『痛い目に合わせて追い返す』対象として見られている。


確かにこの道中、魔物と出会い戦いを挑まれはしたが『何がなんでもニンゲンを討ち倒す』という気迫は感じなかった。


まるで昔付き合わされた剣術の練習試合のような、疲れたからここまでにしよう!といった気楽ささえあった。

なんでも、魔族への禍根を残さぬよう命を奪う行為は徹底して避けるようにとされているらしいが…


剣術の練習試合…


昔付き合わされた…?


記憶の隅で何かが動く


自分はどうしてここに……


うやむやになっていく意識の中で、眠りに落ちていくのであった。



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