第18話 今は昔
遥か昔…とは言ってもせいぜい数百年程前。
魔族とニンゲンは居住を共にし、統一した社会を築いていた時代があった。
魔族は優れた身体能力や生まれながらの魔力を。ニンゲンは成長の早さから育むまれる創造力を互いに尊重し、繁栄していた時代。
酔っ払い同士のケンカはあれど、争いの無い平和な時代があった。
「ニンゲンと一緒に寝起きして、学校に行って、働く。
今では考えられない時間が流れていたのよ」
ひょろひょろと動く尻尾を撫でながらサキュバスは語る。
「でも、そんな時代は終わったの。
色んな説があるんだけれどね、私が教わったのは…」
曰く、魔族という括りをされているが、スライムやドラゴンなど各々の種族で見た場合…魔族はニンゲンよりも個体数が少なく、まとまりの力も弱かった。
それを当時の王──ニンゲンの統率者が、魔族を管理し使役する立場をとった。
これには今まで親兄弟同然に暮らしてきた魔族は激怒し、ニンゲンと袂を分かつ時代が訪れた、と。
「今まで仲良くしてた子から私の代わりに働け!でも成果は貰うわよ。なんて言われたら誰だって嫌よね」
覗き込むように冒険者を見やるサキュバスだが、嫌悪の色は無い。
冒険者個人ではなく、ニンゲン全体の出来事と捉えているようだ。
「でもニンゲンは違ったみたい。ニンゲンが考え、指示した方が社会は効率的に発展できるって。
彼らは…急いでいたのね。
生きる時間が短か過ぎたから」
魔族は成長の緩やかさに伴って、その寿命も長大だ。
ここに来るまでの道中で出会った植物の魔族などは、ゆうに百年は生きている節があった。
「そうして去っていく魔族、いや労働力を見逃すわけもなく、ニンゲンの侵略が始まった、と」
サキュバスの教えではそうだったな、とルルが言葉を挟んだ。
「先程サキュバスが説明してくれたように、ここの部分は諸説あってだな…」
私達エルフの里では──と補足を入れる。
魔族とニンゲンが永遠の親交を願い、互いの秘宝を譲り合った。
しかし後の代になりニンゲンの後継者が欲を露わにし、魔族に渡した秘宝を取り返さんと兵を挙げた。
だが、魔族の秘宝はニンゲンの手のまま。
都合の良い略奪劇に魔族は抵抗するのは当然であろう。
時が流れるにつれ秘宝を奪い返す目的は忘れ去られ、秘宝の存在など知らぬ者達による略奪だけが目的になった。
「その成れの果てが、冒険者と呼ばれる職業のニンゲンだ」
じっとこちらを見るルル。
敵意は無いが…深く哀しみをたたえた目だ。
年齢は分からないが、少なくともここにいる冒険者よりは長い時を過ごしてきたのであろう。
その時の中で、ニンゲンによる略奪があったに違いない。
「ダンジョンでパンを見つけたのに、横から出てきた冒険者に食べられた時は…目の前が真っ白になったよ」
魔族とニンゲンの溝は今も深い事が伺える。
「そんな事があったんだっけー?
ボクも習った気がしたけど、忘れてたよー」
終始ぷるぷる震えて話を聞いていたスライム。
じっとしている時間は苦手なようである。
「何が真実なのかはもう分からないからね。
随分前の出来事だったみたいだから」
サキュバスは苦笑いだ。
講師を務めてくれている彼女も、先代からの受け売りなのであろう。
昔は仲良しでニンゲンが裏切った、という本質だけ伝わればいいのよ、と続けた。
なんという事だ。
記憶が定かでは無いとはいえど、ここにいる冒険者はニンゲンであり、魔族の領土を荒らしにきた『冒険者』という略奪を働く者という事になる。
魔族にもあったであろう大切な人や故郷、それらをニンゲンは踏み躙ってきたという歴史に、胸が締め付けられる。
魔族からすれば仇敵となるニンゲン、問答無用で襲われる理由に納得をするしかなかった。
「それでね、昔話はこれぐらいにして…私達がニンゲンを襲う理由はコレなのよ♡」
俯く冒険者に語りかけるサキュバス。
一人沈む冒険者と、和やかな魔族達。不思議な温度差があった。
「オ・カ・ネ♡」
爪の長い指で輪を作るサキュバスの調子を見せられ、冒険者から自責の表情が溶け落ちた。
「そんな顔しないでっ。
あとちょーっとだけ続くのよ♡」
外では未だしんしんと雪が降っている。
雪原の夜は長い。
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