魔物娘と不思議な冒険

ねこがみ

第1話 魔術師メルト





―――――――――――――




ニンゲンと魔族。

二つの種族が時に争い、時に手を取り合ってきた世界。


ここはニンゲンの領域から遠く離れた森の中。


来歴不明のニンゲンの冒険者が、魔族の支配するこの森の中で目を覚ますところから物語は始まります。




―――――――――――――




空高くそびえるとある塔の一室に、カリカリと文字が走る音が響く。



【 我々魔族と、愚かなニンゲンとの争いが始まってからどれだけの時が経ったか。


時は満ちた。


傷を負った お……


魔王様に代わり『魔王側近魔術師メルト』この我が、魔族による支配をもって争いを終わらせる時がきたのだ。



がんばれ、私!



○月*日 晴れ 】










習慣となっている日記を書き綴る一人の魔族は、ふう、とさも大長編を終えたかのように一息をつく。


いつでも川遊びができるから、という理由で所構わずに水着を着用し、魔族の王である『魔王』お下がりのマントを羽織った佇まいの彼女。

栗色の短髪から生えた二本の角をコリコリと掻きながら、満足そうに日記を読み返している彼女の名は『メルト』。

手足に生えそろった栗色の体毛と、頭部の双角が特徴的ではあるが、それ以外はこの世界に広く分布するニンゲンと変わらぬ姿に見える。


その彼女がうんうんと日記を前に頷いていると、書斎の扉が開き二人の魔族、石色の肌に蝙蝠を思わせる羽を持つ魔族『ガーゴイル』がノロノロと歩いてきた。



「メルトさ〜ん、10分後に出撃するって言って、もう30分は経ちましたよ〜。

やっぱりやめますか〜?」



(しまった。難しい字を調べながら日記を書いていたらもうそんな時間か!)



壁に掛けられた時計を見て、煩雑に散らかる机の片付けもそこそこにメルトは立ち上がった。



「ガーゴイル達!ちょっと待って!

行く、すぐ行くから!」



そう言って急いで鞄をチェックするメルト。水筒とお弁当、レジャーシートに…



「チョコレートはこっちで準備してますよ〜」


「メルトさんに管理任せると食べ過ぎてしまうから、今回は一枚だけ持っていきます〜」


「そんなっ!食後の楽しみが一枚だけ?!

もう少し増やしてよ!」



メルトは大の甘党だった。

大好物の摂取制限は誰でもきつい。



「それなら出撃はやめましょうよ〜。

ニンゲン一人倒したって疲れるだけですよ〜。」


「そうですよ〜今日はお花見に行く予定だったんですよ〜」



ガーゴイルの二人が言うように、今日は魔族のお花見の日。


メルトも楽しみにしていた行事だが、どうしても外せない事情がついさっき出来てしまった。


ニンゲンが魔族の領域に侵入してきたのである。



「ぐぬぬ…だけど、こればかりは計画のために無視できなくて…本当にごめんなさい。


……転移っ!」



のらりくらりと行きたくないアピールを続けるガーゴイル達に気をせかされ、メルトは側近魔術師たる由縁でもある転移魔法を発動する。



「待ってメルトさん!

今転移したら玄関で待ってる他の子は転移範囲外…っ………」



あっと気付いた時には、魔術師メルト、それと子守役の二人のガーゴイルは転移の光に包まれていった。



(やっちゃったなあ…せめて練習したセリフ、間違えないように言わなきゃなあ…。)




******



それは急に現れた。



桜色の木々が茂る森の中にて、転移の魔法により眼前に現れた魔族。

鈍い金色の短髪を携えた青年、ニンゲンはメルトとガーゴイルの襲来にまごついていた。


自分は誰なのか、ここはどこなのか、記憶がすっぽり抜け落ちた眠そうな顔。

それがメルトが抱いた第一印象だった。



「容姿は若いニンゲン、一端の冒険者といったところか」



転移の終わりに合わせて練習したセリフを言い放つ。

決まった!とニヤニヤする顔を無理に顰めながら「私の考える最恐の顔」で睨みをきかせるメルト。



(ドラゴンのお姉ちゃんとか置いて転移してきて焦ったけど、見た目弱そうだしきっと勝てるよね。)



「この二人を退ける事が出来たなら、ここから出してやろう…」



(私が戦う!って言ったんだけど、ガーゴイル達にボスは最後に戦うもんですよってアドバイス貰ったからここは我慢しなくちゃ!)



突然の宣戦布告に戸惑う冒険者めがけ、気怠げなため息と共にガーゴイルの二人がノロノロと向かっていく。



(頑張って応戦しているけど、ガーゴイル達ニンゲンの攻撃でやられるほど弱くはないのだ!)



えいやぁ〜、くらえ〜、とやる気のないガーゴイル達に追い詰められ、今にも倒れそうな冒険者の足元に魔法陣が展開される。

あれは炎を放つ魔法のアイテムによるものだ。


後方で腕組み観戦していたメルトに、冒険者が放った炎の魔法が炸裂する。



(熱っっ!私は見ているだけだったのに!お姉ちゃんに筋トレさせられてなかったら致命傷だったよ!)



チリチリと毛を焦がすダメージに悶えるが、チラチラと心配そうに振り返るガーゴイルと目が合うと、ボスに相応しい佇まいを崩すまいと踏ん張り作り笑いを返した。


痩せ我慢に涙を堪えていると、奮戦虚しく倒れ込む冒険者が目に入る。



「ちょっと痛いかもですが峰打ちですよ〜」



ぽかり、と冒険者を小突き地に沈めるガーゴイル。



(なんか小声で聞こえたけど、やっぱりガーゴイルは強いなあ。

さて、ここからは私も頑張るぞ。)



先程までの痛みを忘れ、大事に抱えてきた水晶の玉『力の宝玉』を掲げるメルト。

これは今回の作戦のキーとなる、特別な力を持ったアイテムだ。



(底のダイアルを回してっと…倒れた冒険者からレベルドレイン!)



チカチカと怪しげに発光を繰り返す宝珠。


発光の度に倒れた冒険者から霧のような帯が浮かび、宝珠の中へと吸い込まれていく。

冒険者の蓄えた経験による強さ『レベル』が宝珠に取り込まれているのだ。



「お前はもう我が結界の中にいる。気を失ったり、少しでも気を緩めればお前からチカラを奪ってゆくことだろう。


ここより出たければ北の果てにある帰還の塔を目指すがいい。


我はそこでお前が来るのを待つことにしよう」



うつ伏せに倒れた冒険者は見るすべも無いが、先程までの顰め面とは打って変わってホクホク顔のメルトである。


そんな決めゼリフを噛むことなく言い終え上機嫌なメルトをよそに、ガーゴイル達は気怠げに後片付けをしていた。



「無茶しないように気が済むまで見守ってあげて、って仰せつかったけど、ニンゲンに手を出したら魔王様怒るよね〜」


「気絶で済ませたし本当にヤバかったら止めに入るでしょ〜。

それに魔王様、って呼び方嫌ってるんだからあんまり愚痴らないの〜。

きっとこれも視てるはずだよ〜」


「そだね〜。村の方には連絡しといたから、鉢合わせする前にメルトさん連れて帰ろ〜」



これから賑やかになるね〜、などとこぼしながら、高笑いを続けるメルトの口にチョコレートを突っ込み、帰り支度を急ぐのであった。



記憶を失ったニンゲンの冒険者と、魔族のメルトの物語が始まる。



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