複写蘇生 二/複写蘇生
両親が寝静まったのを確認して、こっそりと家を抜け出した。閑散とした住宅街で、明かりのある家はほとんどない。夜は暗く、白く浮かび上がる電信柱は、どこか背骨を思わせる。時折、ぽつねんとたたずむ街灯が、暗闇に白を切り抜いていた。
月は、亡い。
急速に下がり始めた気温は、この頃、氷点下に近づいている。靴底のゴムが、今にもひび割れてしまうのではと、下らない心配が脳裏をよぎる。
道は緩やかな曲線を描き、やがて大通りと合流した。
「……寒い」
風が、ごう、と吹いてきて、全身をくまなく舐め回す。制服の薄っぺらい生地なんて、あってないようなものだった。糸の隙間から零れる風は、まるで自分が、裸でいるような錯覚をもたらす。生々しい、現実感。自分だけの、羞恥心。
遠く、うなるようなエンジン音が鳴り響く。二つのライトが、急速にこちらへ近づいてくる。眩しい。限りなく、眩しい。わたしは静かに目をつむる。音が、こちらへやって来る。何度も、何度も、繰り返した工程だ。
――今。
素早く、足を踏み出した。
ぐしゃり、と、全身を引きちぎるような、鋭い衝撃に唇を噛む。
腕の骨が細かく砕けて、歪んだ肋骨が絡まり合って、膝から下がねじ切れて、破れた内臓から何かが零れた。自動車の車輪に巻き込まれ、アスファルトを滑るうち、意識は徐々に削られていく。
――と。
そのときだった。
ふと開いたわたしの目は、道の反対側でこちらを見つめる、一人の少女を目撃したのだ。
黒髪に、紺のコートに、真っ黒いスカートをはいた、わたしと同年代の女の子。真っ白い顔が、生首のように浮かんでいる。
――くすり、と少女はわたしを笑った。
あざ笑う、というよりは、面白い、というような。面白い、というよりは、興味深い、というような。どこか酷い、冷酷さを含んでもいる。
「アンタ、随分簡単に死ぬね」
その言葉は、自分もろとも、挽肉になった。
※
トラックがようやく停車する。ヘッドライトの明かりの中に、両輪から昇る煙があった。
真っ青な顔をした中年の男が、慌てて運転席から飛び出してくる。
車の全面にびっしりと着いた、ペンキじみた朱い液体。挽肉に触れると、まだ温もりが感じられた。折れた骨の断面が、ちくり、と指先を刺激する。
「なるほどね。確かに、これは、馬鹿馬鹿しいや」
私は、コンビニの袋を片手に下げて、足早に帰途へとついたのだった。
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