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機密区域を出ると、2区画くらい離れた通路を警備員が走っているのが見えた。
一瞬警戒をしたが、向こうはこちらに気づく様子も無かった。それどころではないようだ。
先ほどから警報がずっと鳴り響き、建物からの退避を呼び掛けている。
てっきり機密情報を削除したから発報されているのかと思ったのだが、九官鳥が意図的に建物全体からの退避を流したらしい。
そりゃこれからこの建物を吹き飛ばすのだ。中に人がいない方がいい。
「撤退ルートの扉は開いてるが、あとは閉めた」
「あの短時間でそんなことしてたんか」
「人払いは大事だろ」
前を行く九官鳥がさらりと言うのだが、確かに。
アルパカと俺は警備員の制服を着ているが、九官鳥は『ソリーゾ』を外しただけの状態だ。
もうこの混乱であるので、見知らぬ一般人が一人二人くらいなら、流されてしまうだろうけれども。
遭遇しないのが一番だ。
─── と、思ったところで、見知った顔が一つ向こうの通りを通った。
フラグじゃないんだぞ。
「すまん、先に行ってくれ」
「どうした」
「顔見知りがいた。迷ってる」
それだけで「ああ」と察した九官鳥が、遠慮なく足を進めた。
アルパカが心配気にこちらを振り返ったが、俺はサムズアップ、からのさっさと行ってしまう赤毛の方を指す。
アルパカも相棒の背中を見遣り、なんとなく呆れた表情で頷いた。
『
九官鳥を彼に任せ、俺は先ほど見かけた人影を追う。
扉がほぼ閉められてしまっていて、おそらく出られないでいる。
「─── おーーい!」
開かない扉の前で焦っている背中を呼んだ。
パッと振り返るその顔は、1時間ほど前に俺が『兄』と呼んだその人だ。
「え、あ、『ナックブンター』の……?!
あ、あの、キャスケットを被った少年を見ませんでしたか?!」
「見ていないしそれは大丈夫だが、その扉は開かない。
正面か、こっちだ、来い」
手招きをすると、戸惑いながらもこちらへ走ってくる。
【スミス】の講義に来ていた兵士の子。戦闘員かと思ったが、技術者側の人間のようだ。
九官鳥と同じで、警備員の服装ではなく襟シャツ姿だった。
彼が追いつくのを確認し、撤退ルートの方の出口へ向かう。
「あの、なぜ貴方がここに」
ちょっと前に自分が『有識者』に向けた言葉と一緒だな。
俺は内心ちょっと面白くなってしまったのだが、いきなり笑うと不審者だ。
「仕事だ。
言っただろ、早く国を出ろって」
「そんな」
「ここもこの後吹き飛ぶ。外に出たらすぐに離れろ。できれば家に帰れ」
「そんな!」
並走する彼が悲鳴を上げる。
「無茶苦茶です!
どうしてそんなことを」
彼の反応は至極もっともで、当然だった。
申し訳ないとは思う。思うが。
「俺がこの国を許せなくて、報復できるだけの行使力を持っていた。
でもお前が憎いわけじゃない。だから逃げて欲しいと伝えてる」
「俺たちが……」
俺の話に、彼が辛そうな顔をするので、「いや、違う」と訂正を入れた。
「お前じゃないよ、国だ。
分かるか」
返答はなかった。苦し気な横顔が見える。
『ドール』を兵器として利用して、壊したこの国が許せないのだ。決して彼自身ではない。
もしかしたら、この感覚は俺が傭兵だから持っているものなのかもしれない。
国をわが身として忠誠を誓う身分の人間には、理解し難いのかもしれないのだ。
国を動かしている一部の人間とも言えるだろうか。だが、その人間を潰すだけでは足りないのだ。
感情の問題ではないもっと別の方面─── 物理的に、理論的に、突き詰めると「国」という形になる。俺に言語化できる頭があったら、この彼に伝えられたのだろうけど。
ああでも、これもまた九官鳥に言わせれば、「この国を潰したところで、別の場所で同じ脅威が生まれる」という話なのかもしれない。
そうしてイタチごっこの真似をしながら、繰り返し殺して殺されて、我々は自滅していくのだろう。
『禁忌』など使わなくても。
撤退ルートの出口が見えた。
カードの開錠は不要だ。ドアノブを掴み押し開くと、よく晴れた日差しが差し込んだ。
出口横で見張っていたアルパカが振り返る。
「警戒ありがとう」
少し向こうでも、九官鳥が周囲の様子を窺っているのが見えた。
呆然としている連れの肩をがっしと掴む。
「10分後だ。できるだけここから離れろ」
「どうして」
いまだ困惑の中にいる彼。そりゃそうだ。
俺は掴んだ肩を引っ張り、両腕で抱え込んだ。
「飲み込まなくていい、無事でいてくれ。
頼むよ、兄ちゃん」
え、と何かに気づいたような顔へ笑いかけ、腕を離した。
「そろそろ行くぞ」
状況を窺っていた九官鳥が、こちらへ呼びかける。
俺は彼の胸元を軽く押しやった。「じゃあな」
彼が正面エントランスへと向かうのを見送りたかったが、我々の状況も猶予があるわけではない。
まずは拠点へ向かい、それから班長達が調達してくれた車を拾う。
一度振り返ったその先で、彼が振り切るように背を向けて走り出したのが見えた。
いつかどこかの戦場で顔を合わせるかもしれない。
彼の故郷を奪うことになる。それは当事者にとって途方もなく憎い行為だ。
いつか、彼が目の前で銃口を俺に突き付けるかもしれない。
だが、それでいいのだと思うのだ。
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