『星群』のゆるふわではない追憶
副隊長チャレンジ
1
「ニウラシュカ」
と、不意に呼ばれた時、たっぷり2秒は固まっていただろう。それは脳が停止していたのではなく、逆に現状を倍速処理(当社比)していたが故の停滞だったのだが。
聞き間違いか、幻聴か、白昼夢か。まさか現実に呼ばれているとは思ってもみなかった音だった。
たった2秒。されど2秒。
振り返った先の声の主は、俺と同じくらい驚いていたように見えた。
「間違っては、いないよな」
俺の名前を呼んだ副隊長が、困惑気味に尋ねる。
傭兵隊宿舎の廊下。事務作業を終えて隊長室から自室に戻るところだった。
オフ期間も本日で最後。明日から単発の作戦に向かうので、参戦に必要な書類の整理や提出を行ってきたのだ。
副隊長はいつもの軍装ではなく、白のラウンドネックTシャツにカーキのパーカーとジョガーパンツ、足元はスニーカーというかなりラフな出で立ちである。
手に袋を持っているので、街で買い物をしてきたのかもしれない。そう言えば、今朝、何か買ってくる物は無いかと聞かれたような気もする。
いや、しかしこうして現状の情報をいくらかき集めても、今、自分が名前を呼ばれるに至る理由が何もない。
名前。名前を呼ばれたのか、今。
「…… おそらく」
「自分の名前だろうに」
緩く頷いた俺に、彼は眉を寄せて笑った。
俺の隣に並ぶと、「部屋に戻るのか」と確認された。
「ああ、お前は戻らないのか」
「談話室へ行こうかと思っていた。明日は作戦だから、軽く景気づけに飲むかと」
「珍しいな」
どうやら副隊長が持っていた袋の中身は、アルコールと肴のようだ。
個人的な範囲で、作戦前夜に飲む連中はいる。たまに俺も混じる。だが、副隊長が率先して開催するのはほぼ初めてではないか。
作戦後ならば、副隊長からもよく声を掛けられるのだが。
「明日の作戦は、そんなに厳しいものだったか」
「そういう意味じゃないんだが」
はて、と俺が首を傾げると、副隊長は再び困ったような顔をする。
「もしかしてフラグか」と呟くのを見て、思わず笑ってしまった。
「俺の気のせいだ。談話室なら誰かはいるし、すでに始めてる連中もいるだろう」
そう言って、俺は副隊長の背中を叩いた。
歩く廊下の先、次の分岐で談話室方面と自室方面に別れる。
「来ないのか」
俺が自室方面へ向かおうとすると、副隊長が振り返って尋ねる。
それは俺も考えたのだが、苦手な事務作業の後だからか、今は眠気が強い。
「うん、すまない。今日はこのまま寝ようと思う」
「そうか、分かった。門限までには戻る。
おやすみ、ニウラシュカ」
引き留めるでも食い下がるでもなく、副隊長は軽く一つ頷くと、ひらりと手を振って談話室の方へと向かった。
俺は、未だに門限の設定はあったのかと思えばいいのか、(あまりに当然のごとく自然な流れで違和感もなく)呼ばれた名前に、あ・やっぱりさっきのは
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