アルパカと九官鳥を預かって三日目。

 朝の扉をノックしたのは副隊長だった。「話をしたいのだが、時間はあるか」

 どちらかと言えば、俺が二人の調査をしている間は隊のことを任せている副隊長の方が、この後の時間が差し迫っている。

 俺は「大丈夫だ」と頷いて彼を通した。

 自室には元々ベッドしか設備が無い。俺の場合はそこに簡易テーブルと椅子を置き、キッチン代わりに適当な棚を置いてその上に簡易コンロや電子ケトルを並べている。隊長職に必要な書類や執務の諸々は、別に隊長室を宛がわれているので、基本的に自室に仕事用具は無い。

 部屋の片隅に積まれているバックパックは、ここまでの『退職者』の物だ。隊長室にも置いていたがそちらが圧迫してきたので自室にも置き始めている。まだ使えそうな備品があれば資材倉庫の方へ持って行くのだが、なかなかその整理が追い付かない。

 副隊長は、『退職者』の荷物の方へ一度黙礼をすると、勧めた椅子へ掛けた。一応コーヒーを用意しようとケトルのスイッチを押したが、間に合うだろうか。


「例のバディの調査状況を聞きたい」

「日々報告は送っているが、足りていなかったか」


 常に一緒に行動を共にしているわけではないので、日頃から朝と夜にブリーフィングを行っていて、今回の調査もそれに倣っている。

 顔を合わせられたり合わせられなかったりなので、基本的には簡潔なメモをお互いに送り合う程度の打ち合わせだ。

 メモが簡単すぎただろうか。地方出身の自分は、共通語とはいえ実はいまだにテキストが苦手な部分がある。意味の取りにくい個所があったのかもしれない。

 しかし、尋ね返された副隊長は、「いや」と頭を振った。


「お前の所感を聞きたい。主観的なところでだ」


 じ、と深い空色の瞳が俺を見据えた。なるほど、客観的な報告ではなくて、俺の感触がどうだったか、てことを聞きたいのだな。

 テキストの形式を取らないのはそのためか。俺が苦手であること、そして喋っている間の仕草や表情からも推し量りたいのだ。

 とはいえどこから話したものか、時間もさほどない、俺は彼の目を見つめながら少し考えて、口を開いた。


「彼らが呼ばれている渾名ほど、人間離れしている子たちではないよ。

 ちゃんと死を悼むことができる」

「…… そうか」


 俺の回答に、副隊長は微かに目を瞠ったものの、特に言及することなく頷いた。考えてみれば、唐突な死生観の話しであった。そりゃ面食らいもする。

 何かほかに補足ができないかと記憶を探ってみたのだが、その前に副隊長が立ち上がった。もう時間か、ケトルが湧く時間もなかった。

 扉まで見送ろうと後ろからついていき、声を掛けた。


「隊の方を任せっぱなしですまないな」


 作戦と作戦の間にはオフ期間と準備期間がある。オフとは完全な休暇であり、準備期間はその名の通り作戦への身体・精神・物資の準備期間である。この間の貨物列車の件直後である今は通常はオフ期間であるのだが、次の作戦へのインターバルが狭い。ストレッチをしながら身体維持を図るような微妙な調整が必要となってしまっている。

 その調整を、今回、副隊長が一人で頑張ってくれているのだ。


「気にするな、作業分担だ。いつも二人分の稼働はかけていないだろ」


 副隊長は笑って俺の背中を叩いた。それは通常時においてだがな、とは、彼の配慮に対してツッコむことではない。「ありがとう」と返して、俺も笑った。

 すると、背中を叩いていた手が肩を掴んだ。それは少し強く。はた、と副隊長を見上げると、真剣な眼差しとぶつかった。


「お前は、十分気を付けてくれ。

 お前の様子からそう悪いことになっているとは思っていないが」


 続いた彼の言葉に内心ぎょっとする。


「彼らの目的が、どこにあるのかいまだ分かっていない。移動手段だという話だが、それはお前が懸念している通り十分な理由ではない」


 どこか先が続きそうな口調だったが、副隊長はそれきり言葉を切ってしまう。俺はタイミングを見失いつつも、ぎこちなく頷いた。

 きっとそれを待っていたのだろう、副隊長は自分を納得させるように目を伏せ、「頼む」と短く締めて部屋を出て行った。

 目的の理由が十分でないという認識は一致しているが、気を付けろ、とは。俺が『ナックブンター』へ損失となるような行動を取る可能性が、あの二人にあるということなんだろうか。

 どんな意図で言われたのか図りかねてしまうし、なんとなく彼も俺に十分伝わってはいなそうだと勘付いていそうではあったが。たしかに諸々気を付けて行動をすべきなのかもしれない。

 今日も一日気を引き締めていこう。

 うん、と一人頷く後ろで、ようやく電子ケトルが蒸気を吹いた。



 アルパカは中庭にいることが多い。少なくともここ連日は一日のうちのどこかには中庭で彼を見つけている。

 今日も早いうちからそこにいたらしく、木陰の下ですでに猫たちに囲まれていた。傍らに餌の袋があり、一匹の猫がカリカリと爪を立てているのをそっと手で押しやっている。


「おはよう。あさの、あげちゃったよ」


 俺が来たのに気付き、挨拶と共に声を掛ける。俺も一応餌を持ってきていたが、朝の餌は済んでいたらしい。

 ありがとう、と返しながら、俺も彼の傍に座り込む。すると、いつかの仔猫だった子がなにか言いながらやってきた。まだオトナとは言い難いが、手の平に収まってしまいそうなサイズからは抜け出したようだ。おいでおいで、と手を伸ばすとその間をすり抜けて膝の上に乗っかってくる。足をぐいぐいと肉球で押しながら何かしらを整えると、満足したように丸く収まった。


「昨日の猫はちゃんと埋葬できたか」


 猫が落ち着いたところで、俺は傍らの彼を見上げた。アルパカも膝の上の猫を見ていたようで、落ちた視線がゆっくりと上がる。

 うん、と頭が上下に動いた。


「そういうのらねこを、いっしょにおさめてるおはかがあって、」


 たどたどと言葉が紡がれる。拙いわけではなさそうだが、一つ一つの音を確かめながら発しているような感じが、彼をより幼く見えさせているようにも思えた。


「そこにおさまるまで、みてきた」

「そうか。ありがとう、ご苦労だったな」


 礼を言うと、アルパカは小さく首を傾げる。


「なんで、おれいをいうの。あのねこは、おれがかってにひろったねこだよ」

「寂しいこと言うなよ。俺も息を引き取るまで見届けた仲間だろ。そのままついて行けたら行きたかった」


 そう言って笑ってみせると、アルパカは納得したのだかできなかったのだか、不明瞭に「うーん…」と唸って頷く。

 あの後、次の作戦の隊長会議があったのだ。それで二人について行くことができなかった。だが、そこまでの二人の様子から、きっと無事に葬送してくれるだろうと思っていたのだ。

 信じた通りだったので安心している。


「ところで」


 いまだ首を捻っているアルパカへ話を切り出した。


「昨日、お前の相棒から『ナックブンター』預かりとなったのは移動手段のためだと聞いたんだが、それだけなのか。他に何か理由というか、目的があって『ナックブンター』を選んだのではないか」


 そう尋ねると、アルパカはのろんと視線をこちらへ送った。胡乱気にも見えるが、ただぼんやりとしていると言われればそうとも見える。

 彼の会話のテンポはだいたい掴んできてところで、あともう少し待つとスルーされてしまったのか考えてるだけだったのかが分かる。

 じっとアルパカを見つめて待ってみたが、どうやらこれはスルーされてしまったらしい。何か答えられないことでもあっただろうか。言葉を重ねてみる。


「これは相棒にも話したが、もし二人の目的が聞けるなら、もっと適した隊を案内できるんじゃないか、て思ってるんだ。『ナックブンター』は規模も小さいし物資も充実しているわけじゃない」

「ほかのたいに?」

「ほかの隊に」


 繰り返して返すと、アルパカは伏し目がちにこちらを見て呟いた。「それは、こまる」

 困る。困ると言ったか。どういうこと…

 今度はこちらが首を傾げそうになり、はた、と昨日の九官鳥の話しを思い出した。『厄介払いのために言われてるのかと思っただけだ』───


「ああ、あのな、別にお前らを追いやろうとしているわけじゃなくて、…」


 慌てて弁解しようとすると、俺をじっと見下ろしていたアルパカが、ゆっくりと手を伸ばした。そういえば昨日も触ろうとしていたなと思い出す。いったん話を切って待っていると、くしゃりと髪をかき混ぜられた。髪の間に指を通して、同じ方向へ何度も梳かれる。

 酒の入った年上の隊員からよく頭を撫でられることがあるのだが、あれは完全に自分の子どもか親戚の子どもを想定された撫で方だ。身に覚えのない愛情を込めて頭をかき混ぜられる。

 それに対して、アルパカの撫で方は子どもに… というより人に対する撫で方ではない。完全に猫だ、猫を撫でるときの撫で方だ、俺もこんな感じで撫でる。そうして、彼はしっかりと俺を見るのだ。記憶のどこかの誰かではない、目の前の俺自身と目が合っていた。

 ……… もしかして、猫相当だと思われてないか。


 頭を撫でていた手がふと離れ、やっと会話を続けようとしたのだが、すぐにその手は片頬を包むように添えられた。これも分かる。猫を撫でるときは頬の少し後ろ、耳の下あたりを撫でるのだ。

 そろそろ払おうかなと思い、彼の手首を取ろうとしたとき、


「あれ、なに」


 軋んだ音がしそうなほど鋭い視線を俺の後ろへ投げた。一瞬、その切り替えについていけず、アルパカが何を言っているのか理解しかねた。彼の膝の上にいた猫がサッと立ち上がって茂みの方へ駆けて行く。

 彼がずっと視線を逸らすことなく後方を睨むので、俺もやっとそちらを振り返った。

 ホームの通路からこちらを見ている数人の傭兵がいた。『ナックブンター』の兵士ではない。その視線は剣呑だ。


「あれは… 気にするな、他隊の人間だ」

「よくない」


 頬の手はそのまま肩を掴んだ。若干引き寄せられる力が働いている。アルパカの目はまだ彼らを見据えていて、全身から張りつめた気配がキシキシと聞こえるようだ。

 これまで見てきた彼の緩さなど微塵もない。ここにいるのは『殺戮兵器』だ、と感じた。

 このままアルパカが彼らに向かって飛び出していくのではないかとまで考え、俺は肩を掴んでいる手を抑えた。


「アルパカ」

「………」


 鋭い視線が消えない。俺の声が届いていないのだ。指示を出すのは、あくまで九官鳥だと、そう言外に告げられた気がした。

 せめて向こうが早く立ち去ってはくれないかと願いながら通路を見る。べつに願いが届いたわけでもないだろうが、数人の兵士はこちらに向かって何かを口走りながら歩いて行くのが見えた。

 ホッと息を吐くと、ぐっと頬を押さえられた。強制的にアルパカの方へ向けられる。びっくりする俺と、いまだ厳しい視線を残すアルパカと目が合った。


「あれは、なに」


 どうやら答えるまで放してはもらえないようだ。

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