第5話 記憶と記録
「ごちそうさまでした」
いや、とても美味しかった。他の料理も食べてみたくなるよ。
「満足いただけたならよかったです」
「もう大満足です。こんな美味しい料理と出会えたのですから」
気絶するほど美味しいかと言われたらそこまでじゃないけど、わたしの基準では大満足。いや、わたしの舌が貧しいわけじゃないからね。
ティーパックの紅茶を出してもらい、ホッと一息。この時間が至福よね。
「魔女様。すぐにお休みになられますか? 部屋は整えてあります」
「そうね。書き物もあるし、休ませてもらおうかな」
大満足してばかりはいられない。わたしの役目は食を書に残すことなんだからね。
ミルに案内された部屋は、三階にあり、寝台が二つある小さな部屋だった。
「狭い部屋で申し訳ありません。綺麗な部屋がここしかないもので」
「気にしないで。見習い時代は六人部屋だったからね。寝れる場所があれば充分よ」
わたしはまだ野宿したことないけど、同期のララシーは南の大陸でやったことある。話を聞くには寝台で寝れることが幸せだと知るべきだと言ってたよ。
「ありがとう。一晩の寝床を与えてくれて」
先ほど急いで整えてくれたのでしょう。感謝感謝です。
「わたしは隣の部屋におりますからなにかありましたらお呼びください」
「ありがとう。あなたも疲れているんだから、わたしに気を使わないで休みなさい。あ、寝る前にこれを飲みなさい。魔女特製の栄養薬よ。味はちょっとアレだけど、ぐっすり眠れるから」
小瓶をミルに渡した。
最初は激マズだったけど、改良に改良を重ねて飲めるようにはなった。ちょっと苦めのお茶と思えば……うん、飲める飲める~。
「まあ、本当に疲れたときに飲んでもいいわ。封を切らないなら数年は効果が失われることはないからさ」
村人さんの発想を元に考えた封印魔法。まだ検証段階だけど、数年は大丈夫なはずよ。
「あ、ありがとうございます。おやすみなさいませ」
ドアを閉め、寝台に腰を下ろして一息つく。
「……とうとう旅に出たな……」
今朝、旅立ったのだから今さらなんだけど、ホッと落ち着くと、自分を冷静に見れるようになるのよね。
「よし。やりますか」
机が欲しいところだけど、文字を書くだけなら寝っ転がりながらでもできる。ここにいるのはわたしだけなんだしね。
それに、これは忘れないためのもので、清書はあとで落ち着ける場所でやる。自分が読めればいいのよ。
大図書館から出発したことを書き留め、オボロ鳥の焼き串を食べたことや味の感想、値段などを書いた。
こんなことでいいの? とは思われるかも知れないけど、いや、わたしも勧められるまではそんなこと知ってなんの意味があるのかと思っていた。
けど、誰も書いていないことは後世に残せず、記憶にも残らず、歴史の流れに消えていってしまうのだ。
大図書館の役目は知識を書き残し、後世に残すこと。知とは記憶であり記録だ。知の番人たる魔女が記憶と記録を蔑ろにはできない。誰か一人、食のことを残す者は必要だわ。
今日のことを書いたら、別の紙に食べた物の絵も描く。
写真があるのになぜ絵にするかと言えば、まあ、わたしの趣味ね。器用貧乏な質からか、わたしは多趣味だ。広く浅く興味を持ってしまうのよね。
壁に飾るほどの画力はないけど、万人には受け入れられる画力はある。漫画、とは同期のミサリーがダンジョンマスターだかリッチだかわからない腐王のところで学んできたら絵の技法で、文体とは違う方法で残しておく。
「ふふ。好きは才能を凌駕する、か。確かにそうね」
村人さんに言われた言葉を思い出す。わたしが食を書に残す旅に出るきっかけのことを。あの言葉がなければわたしは一生器用なままの魔女だったでしょうね。
「おっと。魔光が目に悪いと言いながら結構長いこと魔光を浴びてるわね」
眼帯疲労と回復薬を足した目薬をさし、カイナーズホームで買ったアイマスク(蒸気の力で目を温めるもの、らしいわ)をして目の懲りを癒した。
蒸気の力がなくなるまで癒し、法衣を脱いで裸となる。
「お風呂お風呂っと」
大図書館でも身を清めるためにお風呂があり、留学先でも毎日……でもないけど、ほぼ毎日入れたため、お風呂に入らないと気持ち悪いのよね。
「帝国ももっとお風呂を広めたらいいのにね」
ミルの家にはお風呂はなく、体を拭くくらいしかやらないらしいわ。
「お風呂、展開」
左手首にした腕輪を掲げ、発動の言葉を紡いだ。
選ばれた者しか使えない神聖魔法が展開され、球体の壁が創られる。
本来はトイレだったみたいだけど、いや、トイレとしても使えるけど、わたしが旅に出るってことで村人さんがお風呂機能も搭載してくれたのよ。
綺麗なお湯のシャワーが噴き出され、体を洗う。
ボディシャンプーを使いたいところけど、腕輪に補給されたお湯は循環するもので、シャンプーとか使うと毎日補給と排出をしなくちゃならない。面倒だからシャンプーは使わないでおこう。
「お湯、供給」
球体の半分までお湯を溜め、ゆっくりと浸かった。
「明日はなにが食べられるかな?」
美味しいものを想像しながら今日の疲れを洗い流した。
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