第4話 家庭料理

「祖母は十年前くらいから目を悪くして、薬師にも診てもらいましたが、一向に治る気配がないのです」


 ミルのおばあさんは七十過ぎくらいかな? この年齢なら目の一つも悪くなろうけど、怪我や老化ではなく病気でしょう。


「おばあさんも針子とかしてた?」


「は、はい。十年前まで服を縫ってました」


 おそらく、目を酷使したのが原因ね。魔女でもよくなるものだわ。


「おばあさん。ちょっと目を見せてね」


「すみませんね。こんな年寄りに」


「構いませんよ。わたしは医学は専門じゃないけど、あるていどは学んでいるから」


 見習い時代は薬学講座があり、採取から調合、治療を学ばせられる。器用貧乏なわたしはそれなりに習得はでき、伝説の薬師や秘薬を作っちゃう村人の側で診察の技術も学べた。


「すみません。手を洗わせてください」


 患者を診るときは清潔に。魔法で水玉を創り出し、両手を突っ込んでよく洗う。


 水玉から両手を抜き、今度は風で手を乾かす。


「おばあさん。ちょっと見せてもらうね」


 声をかけておばあさんの目を診ると、眼球が白く、銀の線が走っている。やはり白内障ね。


「夜遅くまで魔光を浴びてるとよくなる病気ですね」


 村人さんによれば大陽の光や加齢でなることもあるけど、魔法の光で痛めることもあるそうだ。まあ、まだ仕組みは突き止めてないけどね。


「治るんですか?」


「治るよ。普通に」


 大図書館の年配者はよくなるもの。昔らからあるものだから薬──目薬は作られているけど、最近改良されて効果は絶大に飛躍したわ。


 収納鞄から白内障用の目薬を出し、おばあさんの目に射してあげる。


「これを一日三回。朝昼晩と十日もすれば治りますよ」


 いっきに治る目薬もあるけど、それは希少なもの。手遅れでないのなら通常の目薬で充分よ。


「あと、夜遅くまで魔光を浴びるのは止めたほうがいいですよ。どうしてものときは蝋燭がいいと思う」


 まあ、視力は落ちちゃうけど、魔光よりはマシだと思うわ。


「はい、陽の当たらないところで保管してね」


 ミルの手に目薬を置いた。


「ありがとうございます! あの、お代は?」


「一晩泊めてもらうお礼よ」


 目薬は大量に作られるようになって価格は下がりに下がったし、練習として見習いが作っている。目薬一つで一晩の宿代にはなるでしょうよ。いや、宿代かいくらか知らないけど。


「そ、そんなのでいいんですか!?」


「うん。泊めてもらえて家庭料理をいただけるなら充分価値はあるわ」


 思えば家庭料理ってどんなものかわからない。留学先では家庭料理からはほど遠かったし、珍しい料理ばかりだった。帝都の家庭料理を知っておくのもいいでしょうよ。


「わ、わかりました。おかあさん、わたしら部屋を用意してくるからお願い」


「ええ。すぐに用意しますね」


「ありがとうございます」


 作るところも見せてもらいたいけど、さすがに客の立場では迷惑でしょうから大人しく席で待つことにした。


「魔女様。ありがとうございます」


 ミルの父親と思われる男性からお礼を言われてしまった。


「お気になさらず。こうして人と触れ合うのも修行ですから」


 料理ができるまでミルの父親とおしゃべりを交わしていると、最初の料理が運ばれてきた。


 ミルの家族や針子さんがいるからか、大皿に盛られている。


「これには料理名があるんですか?」


 芋とカブ、ゴゾン、ラシャ、主に根菜類の煮物だ。


「特にはないですね。うちでは野菜の煮物と言ってます」


「よく食べられるものなんですか?」


「ええ。味つけは変えたりしますが。今日はゴジルで味つけしてます」


 へ~。ゴジルか。帝都でも出回っていたんだ。


 行儀が悪いけど、食を残すのがわたしの役目。野菜の煮物を写真に収めた。


「パンは近所から仕入れてるの?」


 篭に入れた拳くらいの黒パンを出すミヤに尋ねた。


「はい。人気があるパン屋なんですよ」


 パンにもいろいろあるけど、この黒パンは初めて見た。大図書館では型で焼いたパンが主だったし。


「先に一つもらっていいかな?」


 まだ料理は出揃ってないけど、どんなものか気になってしょうがないよ。


「はい、どうぞ」


 ミルの許可を得て黒パンをもらい、半分に割った。


 焼き立てじゃないので香りは少ないけど、なにか甘い香りがする。なにか特殊な酵母を使ってるのかな?


 半分を口にすると、やはり甘味があった。砂糖や果物の甘さじゃなく黒パンの甘さかな? 上品な甘さだし、安いパンではないはず。帝都の民は結構美味しいものを食べてるんだね。


 じっくり味わいながら食べていると、大鍋が運ばれてきた。


 ……嗅いだことない匂いね……。


「ミホン亀の鍋です」


 亀? 亀って、甲羅がある亀のことよね? 亀を食べるの?


「南部地方では一般的な鍋ですね。中央ではあまり食べられないですけどね」


 大図書館でも亀が出たことはないから、亀を食べるのは南部地方だけなのかもね。


 他にもサワの酢漬けとミロワの塩漬けが出され、今夜の夕食は以上のようね。


「たくさん食べてくださいね」


 亀の肉と野菜、あと、小魚が盛られた皿を差し出された。


 見た目はアレだけど、香りはいいわね。


「大陽の恵みに感謝します」


 大陽神を信仰するところではよく聞く祈りだ。ちなみに大図書館では「恵みに感謝を」だ。


 写真に収めてから匙でスープを掬い、口へと入れる。


「美味しい!」


 すっきりとした味だけど、とても深みのある味だわ。


「ミホン亀は肌にいいと言われているんですよ」


 確かに、ここにいる者たちの肌は色艶があり、とても健康そうだ。これは大図書館に報告する案件ね。


 亀のお肉も柔らかく、口の中でとろけてしまった。


 野菜の煮物もホクホクで、ゴジルの味がよく沁みている。肉を入れたら留学先で食べたけんちん汁に似てるわね。


「あ口に合いますか?」


「はい。とても美味しいです!」


 これほど美味しいとは夢にも思わなかったよ。家庭料理、恐るべし、ね。

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