第2話 女の子

「宿? そんなものこの辺にはないよ」


 何人かに尋ねたけど、宿はないとのことだった。


 ないってどう言うこと? ないってあり得るの? だって宿屋だよ? どんな小さな町にもあるものでしょうに!


「な、なぜないんですか?」


「誰が泊まるんだよ? 自分の家があるのに」


 との言葉に頭を働かせた。


 ………………。


 …………。


 ……。


 あ、そうか。確かにないか。と言うか、必要とされてないのか。ここら帝都。住宅街。旅人がそんなところまでこないのだから旅人相手の宿があるわけもないじゃない。


「……盲点だったわ……」


 留学先では宿屋(と言っていいか謎だけど)には泊まったことはある。けど、それは数万人規模の街。半日も歩けば街を突っ切れる規模の街だ。帝都のように何日もかけないと突っ切れないところではないわ。


「まさか初日から野宿になるとは夢にも思わなかったわ」


 しかも帝都で。旅は思いがけない出来事の連続とは聞いたけど、さすがに初日から野宿はないでしょっ! 思いがけなさすぎるわ!


「暗くなってきたわね」


 露店も帰り支度を済ませ、街路灯──魔灯に光が灯り始めたわ。


「帝都じゃ空をいくわけにもいかないしな~」


 帝都の空には大規模な結界が張られており、それに触れたら体は灰になるとかならないとか。それに、夜間も竜騎士が警備に当たっている。わたしが魔女だとしても許しがない以上、排除されるでしょうね。


 一応、シュンパネ──瞬間移動魔法具(使い捨て)は三つ、持ってはいるけど、これはいったところしか移動できないもの。わたし、帝国では辺境の地にしかいったことはないよ。


 いずれはとは思うけど、さすがに初日から行ったのでは旅に出た意味がない。ここは諦めて野宿をしましょうかね……。


 はぁー。さすがに大通りじゃなんだし、誰も通らなそうな路地裏にしようっと。


 ワンダーワンドを収納腕輪に戻し、魔法の光を創り出して足元を照らした。


 建物と建物の細道に入り、休めそうなところがないかとさ迷っていると、十歳くらいの女の子が踞っていた。ゆ、幽霊!?


 個性豊かな幽霊やリッチらしからぬリッチを知っているので、女の子の幽霊くらい怖くもなんともないけど、まさか帝都にも幽霊がいる──いや、生きてる女の子だわ!


「あなた、どうかしたの?」


 こちらを怯えた顔で見る女の子に優しく声をかけた。


「…………」


「わたしはライラ。大図書館の魔女よ。大図書館の魔女、知ってる?」


 知ってるよね? 知っていてくれると助かるんだけど。


「……魔女……?」


 怯えた表情が少しだく柔いだ。あ、知ってる感じ?


「ええ。魔女だよ。宿屋がないから路地裏で野宿しようとしてたの。ってことはどうでもいいわ。あなた、怪我してるじゃない」


 膝から血が出ているのに気がつき、急いでしゃがみ、水魔法で汚れを洗い落としてからハンカチで拭いてから回復軟膏を塗ってあげた。


 下位軟膏だけど、擦り傷ていどならこれで充分。ゆっくりと擦り傷が回復していき、十数えることもなく完治した。


 さすがリンベルク。回復魔法の使い手が作ると効果が中位並みだわ。


「痛みはある?」


「……ない、です……」


 回復した膝を不思議そうに見詰める女の子。魔法と触れてないなら不思議に見えるんでしょうね。


「立てる? 家まで送るよ」


「あ、いえ、わ、悪いです!」


「これもなにかの縁。遠慮しなくていいのよ」


 縁は大切にしろ。恩は売れるときに売っておけ。いずれ自分に返ってくるのだから。とは最強の村人のお言葉。喩えそれが浮浪者だとしてもね。


 魔法の光をちょっと強め、足元がしっかり照らしてあげた。


「さあ、いきましょう」


 女の子の背を優しく叩いて先を促した。


「……すみません……」


「こう言うときは『ありがとう』よ」


「は、はい。ありがとうございます」


「ふふ。どういたしまして」


 なかなか賢い子ね。それに言葉遣いができてる。どこかに奉公してるのかもしれないわね。


 女の子は手慣れた感じで路地裏を進むと、なにか商店の裏口みたいなところの戸に手をかけた。


「ここがわたしの家です」


「なにかのお店?」


「はい。仕立て屋を営んでいます」


 仕立て屋か。知識としてはあるけど、どんなことをしてるのかはわからないので「そうなんだ」とだけ返しておいた。


「じゃあ、わたしはこれ──」


「──あの、よかったらうちに泊まりませんか? 針子が寝泊まりする部屋がありますので」


 おっと。こんなにすぐ返ってきちゃったよ。


「それは嬉しいけど、見知らぬ者がいきなりお邪魔したら親御さんが驚いちゃうんじゃない?」


 一応、遠慮はしてみせる。泊まる気満々だけど。


「いえ、その、魔女様にお願いしたいこともありまして……」


 あら、なにかありそうね。


「新米魔女だからできることには限りはあるけど、なにかあるなら聞くよ。多少なりとも知識と知恵は持っているからね」


 これでも大図書館の魔女。知識なし、知恵なしでは魔女は名乗れないわ。


「ありがとうございます! どうぞ」


 女の子に腕をつかまれ、家の中へと引き込まれた。


 はてさて。どんな問題が待っていることやら。旅の初日からこれとは、なんだかわたしの旅は波乱に満ちているのかもね。フフ。

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