第44話 覆面の男・上
店で殺されたのは
デュマンはひと月ほど前にふらりと迷宮街へとやって来て、ナミル氏の店で
デュマンの死体はラトが運び出し、再度の
クリフにとっては吐き気を
翌日、ラトは事件当夜店にいた拳闘士たちと面会するため、ナミルの用意した馬車に乗りこんだ。
「デュマンがどこから来た流れ者かはわからないが、過去に
「
「死亡時刻は昨晩九時半頃。死因は頭部の
「それは見りゃわかる、あれだけボコボコに
「とはいえ顔面の
「つまり、さんざん殴ったあげく、酒のボトルでトドメを刺したってことか」
「そういうこと。残念なことに
「確かなのか?」
「確かだよ。
ラトはステッキの頭を軽く
「デュマンは強い力で何度も頭部を殴られていた。特に右側頭部からの一撃、そして後頭部からの攻撃が強く、
「特別知りたくもなかった不快な豆知識を教えてくれてどうもありがとうよ」
「どういたしまして。状況からして、試合が行われていたあの時間に、誰にも見とがめられずに死体を移動させることは難しい。殺害現場があの控室であることは間違いないだろう」
「じゃあ、個室の持ち主が犯人だ」
クリフは言った。いつもの適当な返事ではなく彼なりに考えた結論である。
あの店で唯一個室を持つことを許されていた男の名は
彼は
「残念だけど、デュマンが死亡した時刻、ヴィクトリアス氏は試合中で犯行は不可能だ。もしも彼が犯人だとしたらナミル氏は
「そうかもしれないな」
「それに僕だってガッカリする。そんなに単純なものは謎とは呼べない」
「俺は報酬が手に入れば何だってかまわない」
そう吐き捨てるように言ってから、クリフは自分をじっと見つめるまなざしに気がついた。
ラトの瞳は、今は
しかし真正面から見据えられると妙に落ち着かない心地がした。
「……何か言いたいことがあるなら言えよ」
「君はナミル氏のような犯罪者に手を貸すことを一度はやめさせようとしたね」
しかしナミル氏から多額の報酬を提示され、どうなったかというと、ラトと同じ馬車に乗り込んでいる時点で
「どんな人間でも大金がかかれば態度が変わるもんだ」
「その通りだよ、クリフ君。僕もそう思う。だけど……君はそのことに罪悪感を
「何だって? 俺がか?」
「その通りだ。そしてそのことと、君がジュリアン氏との決闘の後、どんなクランの誘いにも乗らずに部屋に閉じこもっているのは、同じ問題の別の側面なのではないかな。そんな気がするよ」
「…………」
クリフはわざとらしい演技をやめて黙りこんだ。
嘘や冗談はラト・クリスタルには通用しない。
ふざけた
どれだけ
「そもそも、決闘自体が
ラトは珍しく言い
クリフはその言葉の続きを知っていた。
「悪鬼イエルクのよう……か? そう言いたいんだろう」
クリフがその名前を口にすると、ラトは押し黙る。
しかし沈黙は長くは続かなかった。
「……そうだ。彼そのものではないが、その血を引く者にふさわしいと思った」
多少強引ではあったが、ジュリアンは
しかし追い
奪い、裏切り、
「どうしてその戦い方を隠していたの? 君の真の才能を。もしもガルシア戦で君が全ての実力を
「隠していたわけではない。あの戦い方はもう捨てたんだ。あれは才能なんかじゃない。あの砦で生き残るためには何でもするしかなかった……ただそれだけなんだ」
クリフはそう言った。言ってから気がついたが、それを口にするのは思いのほか苦しいことだった。
イエルクが支配していたアンダリュサイト砦では暴力が全てだった。
愛情は
クリフは砦で戦い方を覚え、生き抜く
イエルクは死んだが、死はクリフに
地面に
「俺はハゲワシになりたくないんだ」
クリフが
そのときラトはひとりの女性のことを思い浮かべていた。
兄を自由にしたいと、それだけを願い、文字通り全てを投げ打った女性のことだ。
「俺は正しく生きたい。あの
「だから君はこれまで自分の力を使わなかったんだね。でも僕には君が、すでに願いを叶えているように見えるよ」
「願いを
それは皮肉でも、嫌味でもなかった。
ほんの一瞬の
「たしかに、僕には人間の心はわからないかもしれない、でも……」
ラトが何かを言いかけたとき馬車は目的地に到着した。
*
流石にカーネリアン邸とくらべれば
三階建ての建物の一階は拳闘の練習場になっており、壁の一面に
不思議なのは、描かれている
二人は体格も似通っており、それぞれ色違いの、不死鳥の
練習場には昨晩の興行に出場していた拳闘士たちと支配人のランドン氏が待ち構えていた。
ラトたちが入っていくと拳闘士たちはそれぞれの訓練に集中しており、ふたりに見向きもしなかった。重りをつけて体を
彼らの体は長年、
ラトは彼ら全員を眺め渡しながら言う。
「はじめまして、僕はラト・クリスタルです。ご存知の通り、昨晩、店でデュマンという雑用係が殺されました。ナミル氏はその犯人を
ナミル氏の名前を出すと流石に男たちの視線がラトに集まった。
砂袋を
「犯人は……ええと、そこの君かな? 見た感じ、すごく君っぽいね」
ラトはその拳闘士のうちのひとりを指で示した。
金色の
男は目を見開いて驚きを示し、気まずそうに周囲に目をやる。
ラトがとんでもないことを言いだすのはいつものことだ。そしてクリフはその理由を理解しつつある。
ラトは推理のためにしばしばブラフを用いる。
「…………どうだ?」
クリフが小声で
しかしラトの観察眼なら何か別のものを読み取っているのではなかと思ったが、あまり
「うーん……思ったような反応はないね……」
すると、練習場に新しく人がやって来た。
「俺の仲間にデュマンを殺すような奴はいない」
二人が振り返ると、そこには赤い覆面をかぶった大男が立っていた。
絵とは違い半裸姿ではない。練習着の上に青いガウンを
「……ですがデュマンは殺害されました。しかも
「どうせ
暴力で
「失礼ですがその覆面を
ラトが
濃く暗い色の髪と瞳が現れた。
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