地下拳闘場の秘め事
第41話 昼下がりの決闘
残念ながらこの事態を引き起こした
その原因の大きなところを
しかしながら現実に起きている確かなことだけを
それはクリフが冒険者ギルド前の広場にいて、目の前にはジュリアンという名の冒険者がいるということだ。
そしてジュリアンがクリフに望んでいるのはなんと決闘なのである。
「クリフ・アキシナイト。俺は
その
ジュリアンは
しかし彼らとの関係は、初仕事に出かけようという直前になって竜人公爵の
このときの公爵の
そうした
クリフが
「あっ……あのときのことは――確かに、俺にもいたらない点があった。治療費の支払いも、いずれ金を作って必ずするつもりだ」
クリフはとりあえず頭を下げた。
しかしジュリアンは
「治療費は必要ない。クランメンバーの
「じゃあ、どうして――決闘なんて……」
「これは君のための決闘なのだ。もちろんギルドの
敏腕氏は彼の持ち場であるカウンターを離れ、ギルドの
わけがわからず、クリフは敏腕氏に水を向けた。
「冒険者ギルドが私的な
「近頃、ギルドでは妙な噂が持ち上がってまして……。まあ、妙な噂話なんぞいつものことではありますが、そのうちのひとつが
「俺の?」
「ええ。先日……ご
「…………は?」
「つまり、あの一件は
敏腕氏のいつものまじめな口ぶり、まじめな顔つきから《痴情のもつれ》などという単語が飛び出し、クリフの
「……はあ!?」
「つまり、ジュリアン氏は
「とんでもない
「しかしそれが世間で語られている真実の
敏腕氏の鋭い眼差しが、相対するジュリアン氏に向けられる。
「その通りだ。クリフは確かに好みのタイプではあるんだが……」
そう、ジュリアンは前置いた。
「だが、俺がお前をクランに誘ったのは、断じて恋人にするためじゃない。お前には冒険者としての確かな才能があると思ったからこそだ。今回の
なかなかどうして、妙なところで
しかし、クリフとしては「だから決闘」などという短気に付き合ういわれもない。
「気持ちはありがたいが、どうしてそれが決闘だなんてことになるんだ?」
「これは
ジュリアンはそう言って剣の
観衆が「おお」と期待にふくらんだ声を上げた。
広場には騒動を聞きつけて
だが、だからこそ、ここでの勝敗は迷宮街に知れ渡るだろう。
「敏腕氏、頼むから
「ギルドは認めてはいませんよ」
敏腕氏はずれた眼鏡のつるを押し上げながら言った。
「ただ私が、貴方が戦うところを見たくて許可を出したんです」
「なんだって?」
「いいですか、クリフさん。ジュリアン氏は少々、色恋に浮かれたところのある人物ですが、迷宮街では
「ナメてかかるも何も、こっちは
「では私と戦いますか? 彼と戦わないなら、私が勝負を
「本気で言ってるのか……?」
「もちろんですとも」
「お前が評価していたのはラト・クリスタルのほうじゃないのか?」
「彼の
敏腕氏はそう言ってあやしげな
それは
敏腕氏にくらべれば、ギルドの
クリフは考えて、ジュリアンの前に立った。
竜人公爵の起こした事件の
もともと、
「いい判断だ。敏腕氏は強いぞ」
「あいつはいったい何者なんだ?」
「知らん。この街の冒険者の誰もが知ってるが、誰も知らん。世の中には知らないほうがいいこともある。——さあ、そろそろはじめようじゃないか。公平を
ジュリアンは宣言通り
手にした長剣も、この前見たものとは違っている。
本気の武器にはレガリアが
そしてジュリアンからは、クリフはそれくらいの相手だと思われているということでもある。
クリフは意を決して剣を抜いた。
王国剣術——王国軍の兵士が最初に
「それでいいのか?」
不意に、ジュリアンはそう
「ああ、構わない」
クリフがそう答えると、決闘がはじまった。
結論から言うと、この戦いは三十秒もたたずに決着がついた。
クリフ・アキシナイトの負けである。
剣を合わせた時点で力で押し負けており、足もとが
クリフは
「――――俺の負けだ。決闘はこれで終わりだ」
ジュリアンは深いため息を吐いた。
クリフの
適当に
「決闘を
ジュリアンはクリフの
再び足が地面に着いた、と思った瞬間、クリフの体は肩越しに投げられて地面に打ち付けられていた。背中を
「言ったはずだぞ、これは命を
そう言い捨てたジュリアンに、クランリーダーらしい気さくな優しさは
迷宮にもぐり、魔物を殺す冒険者としての
転がった剣を渡され、クリフは再び剣を構えた。
ジュリアンが本気であることは、これでようやくクリフにも伝わった。
互いに抜き身の剣を構えた以上、遊びではないのだ。
クリフは歯を食いしばり剣を
これもまた王国流剣術の構えである。
その姿をジュリアンはやはり
「次は背中ではなく頭から地面に打ち付けられることになる。死ぬぞ」
「…………俺は本気だ」
「お前はそうじゃないはずだ。いいか、これが最後の忠告だぞ」
決闘は再開した。
しかし、誰の目にも、二度目の戦いも一度目と大差ない
クリフと相対するジュリアンから放たれているのは、
しかもそれが目には見えない大気の流れとなって、彼の周囲で
やがて観衆のヤジも耳に入ってこなくなった。
こういう状況にクリフは覚えがあった。
剣術を習うために祖父と
祖父は――ハゲワシのイエルクは――剣の
祖父の殺気と、いまのジュリアンの闘志とは、ちょうど
強い力で
ジュリアンは再びクリフの
この
ジュリアンはため息を吐いた。
それはクリフに才能があると判断した自分への
ここで本気を出して、死にもの
そして、力まかせにクリフの体を引き寄せようとしたときのことだった。
不意にクリフの両脚に力が戻り、その左手がジュリアンの肩をつかんだ。
重心の位置が変わり、クリフの体が石のように重たく感じられる。
クリフがさっきと同じ投げを
ジュリアンはとっさに、
どんな形であれ地面に引き倒してしまえば、
しかし――裏を返すと、このときジュリアンはクリフの腕の一本でも
「クリフさん、前に回って!」
ジュリアンの戦法の変更を
しかしその忠告は必要なかった。
クリフはそれよりずっと早くに
クリフの
そして、すかさず手にしたナイフを投げつけた。
それをジュリアンが叩き落とす
次は構えなかった。
剣をゆったりと右手に
切っ先が大気をかきまぜていく。
それから再び地面を
クリフの様子は、これまでとは何かが違っていた。
いや、何もかもが。
「ようやく本気を出したか!」
ジュリアンも
これでようやく本当の戦いがはじまると思ったその瞬間、クリフは剣を乱暴に振り回して放り投げた。
その手を離れた剣は回転しながら野次馬の頭上を横切り、ギルドの
武器を捨てて身軽になったクリフはジュリアンの間合いに飛び込むと、
「むっ!?」
ジュリアンはたまらず柄から片手を離し、手のひらで蹴りを受け――止める直前に、蹴り上げたつま先の向きが地面に変わった。
金的蹴りはフェイントだ。
クリフは蹴りを放ったときの
ジュリアンは剣から意識を離し、その蹴りを受け止めるしかない。
さらに続けざまに鋭い上段蹴りが
クリフは動きを止めない。
体をひねらせて回転し、マントの
汚れた布切れがジュリアンの顔に
視界を奪われ、あわててマントを振り払ったそのとき、彼の足下にクリフの姿はなかった。
見えるのは広場を取り囲む野次馬たちだけだ。
「上だ!」
野次馬のひとりが
反射的に視線を上に
そこにはジュリアンの背丈を越える高さを
剣を引き抜く反動を利用して、鋭く、予測の難しい
かろうじてそれを受け止めたジュリアンの剣との間に激しい火花が散った。
十分に体重の乗った激しい
ジュリアンの剣はクリフのものよりも重たくて長い。魔物の
が、
クリフはタイミングをはかって剣を地面に叩きつけた。
切っ先がちょうど
ジュリアンが
視界が戻ると、クリフはジュリアンに背中を向けていた。
二人の間に距離はなく、互いの体の熱が感じ取れるほどだ。
クリフの剣は、ジュリアンの左足の
ほんの少し力をかければ、切っ先が革靴を切り裂いて、足は使い物にならなくなるだろう。
クリフは剣を頭上に持ち上げる。
ジュリアンからは、このときのクリフの表情は
しかしもしも本気だったら、彼の首は
ジュリアンは負けを
その背中がギルドの石壁に当たる。
気がつかないうちに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます