第28話 探偵の拷問術
侵入者の死にざまは異常なもので、死に顔には自らの死への疑問で
彼は
この
こうなってみると、真犯人がいるというラトの言葉はクリフにもあながち
侵入者への毒はまず間違いなく、元冒険者を
暗殺者を雇って若い男性を殺しただけに
「汚れ仕事を押しつけられたあげくに殺されるなんてな。同じ冒険者のよしみってわけでもないが、さすがにこの
「全くもってその通りだよ、クリフくん。しかしこうなった以上、誰もが幸福に終わる
「何をするつもりだ、ラト」
「暗殺者が死んでしまった以上、村人に話を聞いて、口を
「何を言っても知らぬ
「そりゃあもちろん、拷問術をしかけるのさ」
ラトは
「
「これは一種の
「よくわかっているじゃないか!」
「さて、この場合、重要な意味を持つのは何をやるかではなく誰に仕掛けるかだ。答えを知らない者が拷問を受けても意味はない」
「そりゃそうだが、俺にはお前のような観察眼は無いからな」
「いいや、そう
ラトの不可思議な問いにクリフは戸惑った。
しかし、直観的に思い当たる人物がひとりだけ存在していた。
アイビス嬢だ。
彼女はラトの問いにも、クリフの問いかけにも知らないと答え、竜人公爵がいる間は視線を
ラトは
それから間もなく、室内にアイビス嬢の
ラトに手を引かれて客室にやって来たこの
その表情は恐怖に引き
ラトは座り込むアイビス嬢のかたわらに
それは優しさと親愛の情を示すためではなかった。
「アイビス嬢、今度こそ正直に答えてください。彼のことを何も知りませんか? あなたが
「恋人だって?」
思わぬ言葉に
「その通りだとも。彼女はこの人物を愛している。心のうちに深い愛を
いかにラトの
村の噂では、アイビス嬢には恋人がいないということになっている。
「何も…………何も知りません。この方は……私の知らない方です……。私はただの宿屋の娘で、貴族の方と恋人どうしだなんてとんでもない」
彼女は
アイビス嬢の後から宿の主人も追いかけて来た。
宿泊客に連れ去られた娘を心配してやって来たのだろうが、彼もまた壁の絵を見た
壁の
その反応を見る
「アイビス嬢、どこまでも
「いいえ……何も知りません……」
「では、彼がはいているズボンをご覧なさい。
ラトがしていることはカーネリアン邸で竜人公爵にしてみせたことと全く同じで、持ち前の観察眼を
アイビス嬢はとうとう
「よく思い出してください。この男性の
ラトの天才的な洞察力が、いま、アイビス嬢を
「あなたが彼にした仕打ちを思い返してごらんなさい。あなたは彼のことを三度も知らないと言ったのです」
このようなラトの仕打ちに先に音を上げたのは、アイビス嬢ではなかった。戸口に立ち
「もうやめてくれ、全て話すから、娘を
たちまち彼は父親の顔つきになり、泣き
宿の主人は苦しげに真相を語った。
竜人公爵と領地を接するスフェン男爵というのは、自分たち家族が特権階級でい続けるためになら、領民たちをいくらでも苦しめてもよいという考えの持ち主であった。
これは貴族なら誰もが大なり小なり持っている典型的な思考である。
ちなみに税務官というのは王国の様々な領地にある田畑の大きさや収穫量を調べ、
そういう男の下で働くこととなったエイベルは、偶然というより必然に近い
「エイベルはスフェン男爵を
ラトが鋭く問いかけた。宿の主人はひどく驚いた様子だった。
「いったいどうしてそのことを……?」
「この村の人々の態度が、エイベルに対してあまりにも敵対的だからです。死体から身分の
ラトが事件の真相に気がついていることは明らかだった。
宿の
彼が話したところによると、確かに、エイベルはラトが言う通り、スフェン男爵を告発しようとしていた。
そして不正がばれたスフェン男爵はエイベルを
それというのも、男爵領ではこれまでも何人もの税務官に
しかしこの正義感の強い善良な男は、それまでの税務官とは違っていた。
エイベルはこの事実を王家に伝えなければという使命に駆られ、
そして王家からの使者と
後のことはクリフとラトも知っての通りだ。
エイベルは元冒険者の暗殺者によって殺されたのだ。
その後、村人が遺体となったエイベルに取った仕打ちは、あまりにもむごいものだった。
「なぜ、真実を明かそうとしたエイベルに協力しなかったんだ!?」
クリフが怒りにかられて
「そんなことをすれば、スフェン男爵からどんな
それは
貴族社会での階級というものは絶対だ。エイベルは
実際に、彼が殺された夜、クライオフェンには祭日の人混みに紛れて王家からの使者もいたはずだが、その人物は名乗りもせず、一連の事件にいっさい姿を見せずに消えうせている。
「だが、クライオフェンには竜人公爵がいる!」
「人間の男女の区別すらできない竜が何をしてくれるんだ! 奴は俺たちに関心がない。それでいて気まぐれに人を殺す。そんなもの、貴族と変わらない!」
竜は確かに強い。王家ですら
だが、スフェン男爵が復讐のためにクライオフェンに
こうしたすれ違いの果てに、村人たちは、
「王家に
ラトが問いかけると、アイビス嬢の
「それはもう、この世のどこにもありません。私が焼き捨ててしまったのです」
アイビスは泣きながらそう言った。
エイベルは男爵を訴えるために、スフェン男爵の
おそらくエイベルは
しかし、父親と同じくスフェン男爵の報復を恐れたアイビス嬢は、恋人が命を賭けて持ち出した帳簿を焼き捨ててしまった。
エイベルはそうとは知らずに使者と会うため広場に行き、殺された。
あまりにもひどい裏切りで、クリフですら、アイビス嬢の行いを責めたくなる。
いや、責める寸前だった。
しかし、ラトがそれを事前に
「クリフくん。クライオフェン村には暗殺者が
「筋が通るとか通らないの問題ではない。考えてみろ、本当の悪人というべき男は今頃、自分の居館で高笑いしているんだぞ。それではあまりにもエイベルが浮かばれないじゃないか!」
事件に興味などないと言っていたクリフだが、あまりにもひどい真相を前にしては、持ち前の正義感は隠せそうもなかった。
「安心したまえ、パパ卿の名にかけて、僕は真犯人を
「証拠は全て消えたんだぞ。いくらお前でも、今回ばかりは無理ってもんだろう」
エイベルだけでなく暗殺者までもが毒殺され、証拠となる帳簿もすでにこの世に残っていない。真犯人たるスフェン男爵に
しかし、ラトはまるで真犯人の
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