第26話 殺されかけるクリフ
クリフは久しぶりの自由を
劇を
それに加えて、
聞くところによるとこの村には独自の
そうかと思って酒場を
店主が言うには、彼らは隣のスフェン村の住人であるという話だった。
スフェン村は竜人公爵とはなんら関係のない、スフェン男爵という貴族が
独自の産業を
旧来の領主に支配されたほかの農村の例にもれず、税もすこぶる重たく、働いても働いても暮らしは
聞けば聞くほど、
クリフも故郷では生活の足しにするため畑を
もちろん、だからと言って何ができるわけでもないのだが……。
竜人公爵の
クリフは一通り
宿の主人は夕食の世話をしてくれており、ラトはまだ戻って来ていないと
まさに天国だ。
気がかりなのはラトが
去り
聞き込みの結果はあまり
このままだと、何のために村に残ったのかわからない。
戻ってきたラトがたっぷり皮肉を言うのを、クリフは、自分自身が冷静なまま聞いていられるとはとても思えなかった。
そのとき、テーブルに見覚えのある宿の娘が食後のお茶を
クリフは声をかけた。
「やあ、アイビス。少しいいかな、昼間の話なんだが……」
アイビスというのが彼女の名前だ。
年齢は今年で二十五歳になるが、父親の仕事を助けるために結婚もしないでいると村の噂で耳にした。
今は竜人公爵が城に戻っていることだし、昼間とは別の答えが聞けるかもしれない。
だが、彼女は相変わらずだった。
アイビスはそばかす顔をあらぬ方向に向けてクリフの問いを
「お話しできることは何もありません」
声つきだけでなく、表情ですら
「うーん。今日は村中の人々からそう言われたよ」
「
「竜人公爵が恐ろしくはないのか? 一応はここの領主なんだろう」
「この世で恐ろしいものは竜だけではないわ」
「たしかにそうだが、死体のことを放置しておけば、祭り目当てに来る客までいなくなるかもしれないぞ」
そういうと、アイビスは
「あれは元々、竜人公爵の怒りを
「竜人公爵をたたえるためのものじゃないのか?」
「どれだけ時間がたっても悪竜は悪竜よ。心の底から竜を領主様だと思って、
アイビスがそういうと、娘の発言を聞きつけた主が真っ青になって駆けてきた。
「やめなさい、アイビス。竜人公爵様の悪口を言うなんて!」
「だってお父さん!」
「
「あ、ああ、もちろんだ。
クリフがそう言うと、父親はほっとした表情を浮かべた。
先ほどは戸惑ったが、今日一日、あれこれと村人たちの話を聞いてまわったおかげで、クリフは村人たちと竜人公爵の間には深くて大きな
クライオフェン村で年に一度開かれる
竜人公爵は祭のことを竜を
もちろん数々の
黄金像は
人外の者への
複雑な感情が
公爵は遺体は政敵が差し向けたものかもしれないと言っていたが、敵がいるのだとしたら、それは思わぬ足元にいるのかもしれなかった。
食事を終えたクリフは用意された客室に戻った。
扉を開けると、茶色い
クリフはそれを
部屋はもともと公爵のために用意されたものらしく、寝室が二つに
まだ夜が
どうにも
エストレイの外套は薄手で柔らかく、それでいて
そうして寝台にひとりで横たわっていると、妙に感覚が
人は
クリフは南のほうの出身だが、日々の生活は
あの頃はきょうだいで助け合い、
今では遠く離れてしまい、ただ自分が感じている
しかし
きょうだいのことを心配しているなんていうのは、とんでもないウソだった。
心の底からその無事を願っているのは……。
願っているのは、ただひとりのことだけ。
――――あの
彼女と自分さえ無事なら、ほかの家族なんてどうだって構わない。
犬の
クリフは眠りに落ちることはなかった。
彼は無防備を装いながらも呼吸を整え、寝具の下でナイフの
昔、幼いクリフに「この世の誰も信じるな」と言ったのは、クリフの
彼は「一度、家から出たならば自分以外の誰も信じてはならぬ」と言い、それでいて「家に帰って来てほっと
何においても
残念ながら、この部屋には侵入者がいる。
気がついたのは部屋に戻った直後のことだ。
クリフが夕飯を終えて部屋に戻ったとき、足下に油紙がはらりと落ちた。
あれはクリフがあらかじめ扉に
ただしそれは二重の
罠に引っ掛かったことにも気がつかずに、侵入者は隣室から現れてかすかに床板を
そしてクリフが眠っていることを確認するために
その瞬間、クリフは起き上がって毛布の下からナイフの刃を突き立てた。
刃は侵入者の胸に刺さったはずだが、肉を切り
ナイフは侵入者が着こんだマントを切り裂き、そのすぐ下で止まっている。
急所狙いが
侵入者は
引き際の
「嫌な予感がするな……」
むこうは間違いなくプロだ。プロの
おそらく事件にまつわる何者かだろう。
しかしラトと違ってクリフは謎の
このままクリフが
苦労して
あまり気乗りはしないが、クリフは影を追いかけて表通りに出た。
市場の方角へと逃げていく侵入者の背中があった。
ここにはアレキサンドーラのように街灯なんて気がきいたものは存在しない。
後ろ姿を見失ったら、それで最後だ。もちろん、犯人を見失うというのはどちらかといえば
「適当なところで切り上げて戻るか……」
そういうわけでやる気もなく、謎の侵入者の背中をしばらく追いかけたところでクリフの足は止まった。
それは自発的なものではなかった。
民家の影から現れた人物が、クリフの背後に立っていた。
それと同時に、追っていたはずの人物の姿が目の前からかき消える。
「――――!?」
無防備なクリフの首筋に
逃れようと
先ほどナイフで切り裂いたところが大きく
もちろん今さら理解しても状況が変わるわけではない。
クリフは
手のひらから血の
ごく小さな傷ではあったが、受けた瞬間にひどく指先が
痺れは瞬く間に体中に広がって抵抗する力を奪う。
毒だ。
クリフは抵抗しようとする意志に反して脱力し、地面に倒れ
その体の上に侵入者が馬乗りになり、改めて武器を抜く。
闇夜に白銀の刃がきらめくのをクリフはぼんやり見上げていた。
体の痺れがひどく、指一本動かせない。
動かせるのは視線だけだ。
肩越しに視線をさ迷わせると、三つ編みの先に結ばれた幸運の印が目に入った。
ずっと記憶の底に封じ込めていたのに、クリフの
耳元で「どうか無事でいて」と
これが世に言う
記憶は時間が
どうか無事でいて。
ほんのささやかな、たったひと言だけの願いが、
今もそうだ。
二人の気がつかないところで幸運はもたらされた。
クリフが着ていた外套の、
袋状に
しかし、その瞬間クリフの全身をあますところなく
クリフはナイフを振り下ろす手首を受け止め、振り払い、
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