名探偵ラト・クリスタルの追放

実里晶

エストレイ・カーネリアンによろしく

第1話 パーティメンバーの死体を解剖しただけなのに……




「ラト・クリスタル!! お前をパーティから追放ついほうするっ………!!」


 男はいかりを通りして恐怖きょうふに引きつった表情でさけんだ。


「追放? この僕を……?」


 ラト・クリスタルはさも《不可解ふかかいだ》と言わんばかりに、ひとみを丸くしておどろいてみせた。

 ラトは若かった。

 少年といって差しつかえない年頃かもしれない。

 ひとみの色はなぞめいたスモーキーグリーンで、はだの色は白い。

 あどけない顔立ちは少女のようでもある。

 この人物はダンジョン内でも身ぎれいにする努力をおこたらなかったようだ。たけの長いマントのような上着うわぎにはよごれひとつなく、手にしたステッキはぴかぴか。

 だが、彼の周囲にはおびただしい数の遺体いたいらばっていて、いずれも血まみれだった。


 それらは、つい先ほどまで仲間同士であった冒険者たちの遺体だった。


 おそらく魔物に遭遇そうぐうし、敗北はいぼくしてしまったのだろう。

 しかしラトの足元にころがっている死体だけは様子が違っていた。

 その遺体は防具ぼうぐなどの装備そうびが肉体から引きはがされ、腹を……詳細しょうさいはぶくが、切り裂かれていた。

 ラトの両手は血まみれであり、右手には鋭利えいり刃物はものがあった。

 そして反対の手には遺体から取り出されたと思しき臓器がにぎられていた。

 


 現行犯げんこうはんであった。



 もちろん、世の物事ものごとのたいていのことがそうであるように、この出来事にいたるまでにもしかるべき経緯けいいというものがあった。


 男がラトという若者と出会ったのは三日前。


 泥酔でいすいし、すっかり正体しょうたいを無くしていた頃合いのこと

だ。

 ラトは男の元にやってきて、迷宮の第四階層にもぐれるパーティを探していると言った。他にもいろいろ言ったかもしれないが、安酒やすざけのすさまじいいにまれて覚えていない。ただ、ラトがおおまじめな顔つきで《四つの秘密をき明かすのが夢だ》と語ったのはおぼえている。


 この世界は四つの《秘密》でできている。


 教典きょうてんによれば、はるか古代こだい、四人の《大賢人》が女神とわした《約束》が世界を創造そうぞうした。


 だが、その約束がどんなものなのかは誰も知らない。


 時と共にわすれ去られてしまったのか、そもそも賢人けんじんたちが何もかたらなかったからなのか? 約束は今では公然こうぜんの秘密となり、この大陸のありとあらゆる歴史書れきししょの最初のページにしるされながら、誰にも解けないなぞになってしまった。


 世界の謎をこうだなんて、ずいぶんと尊大そんだいなことを言う少年だ、おもしろい、とそのときは思った。

 職業を聞くと《メイジ》だと言った。

 少なくとも男にはそう聞こえた。

 男のパーティは完璧かんぺきで特に新しいメンバーを必要とはしていなかったが、酒が入っているときは愉快ゆかいだと思えたし、べつに回復役は何人いたってかまわない。


 こうしてラトは冒険者一行パーティに加わることになり、事ここにいたる。


 血の大惨事だいさんじである。


 男は目の前に広がる陰惨いんさんかつ異常な光景こうけいこしを抜かしていたが、ある意味これは彼が引き起こした事態じたいとも言えた。

 

 ひどい間違まちがいではあるが、ラト・クリスタルはメイジではない。

 名探偵めいたんていである。



《つづく》

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