第3話 仮想世界ユートピア
「ここは……」
目を開くと、目の前には受付カウンターのような場所に女性が立っている。
周囲を見渡すと、カウンター以外は辺り一面が真っ白の空間だ。
「
不思議な空間に興味を抱きキョロキョロしていたら、女性から声を掛けられた。
「はい」
桐谷暁斗とは、この仮想世界における私の偽名である。
ちなみに、年齢も本来の34歳ではなくて、19歳ということになっている。
「ようこそ仮想世界ユートピアへ。事前に資料は配布済みですが、この世界についてご説明させていただきます。長くなりますが、とても大事なことになりますので、聞き漏らしのようにお願いいたします」
……
……
……
長い……確かに長い。
覚えていれるかどうかわからない情報量だ。
要約すると、重要なポイントは大きく分けて五つあることがわかった。
まず一つ目は、プレー期間について。
仮想世界でのプレー時間は三年間となっている。
ただ現実世界の方が時間の流れはゆっくりで、仮想世界での三年間は現実世界での約一週間に相当する。
つまり、仮想世界では現実世界の約156倍の速さで時間が流れることになる。
二つ目は、ユートピアの世界観について。
舞台となるのは近未来都市ユニティ。
いわゆる眠らない都市と呼ばれ、ありとあらゆる物や娯楽が揃っている。
ユニティにいれば、何一つ不自由することなく生活できるわけである。
三つ目は、職業・適性タイプについて。
数多く用意された職業によって、技術・知識・体力の基礎パラメーター配分や得られるスキルが異なる。
例えば、スポーツ選手を選べば、体力の配分が多くなるし、学者を選べば知識の配分が多くなる。
職業はいつでも変更可能だが、最初に選んだ職業によってゲームスタート時に所持しているアイテムや金銭(ゴールド)が異なる。
ちなみに、何も選択せず無職になると、アイテムなしで、パラメーターは最低限しかない。その一方で、金銭は10億ゴールド所持からスタートする。
ユニティの物価では、10ゴールドあれば余裕で1日過ごすことができるから、生涯何も稼がなくても遊んで暮らせるだけの金銭をいきなり所持できることになる。
四つ目は、禁止事項について。
このユートピアには私たちテスターの他に、ゲーム内のみに登場するNPC(ノンプレイヤーキャラ)が存在する。
あくまで今回のテストは『バーチャル環境でもパートナーシップを高め合うができるのか?』という点を検証するためなので、戦闘を前提としていない。
とはいえ、殺傷能力のある道具は現存するため、テスター同士での殺し合いは禁じている。ただし、パートナー同士は例外のようだ。
(絶対に何らかの意図を感じる。禁止はしていなくてもペナルティはありそうですね)
あと、これはペナルティはないが、相手のプライベートを詮索することは暗黙の了解的なタブーとして存在しているらしい。
これはVRに限らず、オンラインゲーム全般における一種のマナー的なものらしい。
そして、最後の五つ目は、本プログラムで一番要となるパートナーシップについて。
まず、パートナーとの相性を示す指標は、信頼度という基礎パラメーターとはまた異なるパラメーターでわかる仕組みになっている。
ただゲームとは異なるのが、相手からの自分への信頼度ではなく、自分から相手への信頼度が数値でわかる。最初はもちろん0%から始まり、100%がMAX。
ちなみに、どんな仕組みで信頼度が計測しているのかは教えてもらえなかった。
(パートナーシップ、か。彼女——三位凪沙とどんな風に関わっていくのでしょうか)
なぜこんなに会ったこともない彼女のことが無性に気になるのかというと、きっかけは日大連の鈴木さんから見せてもらったテスターリスト。
リストに写っている彼女の写真を見た瞬間、直観で「この人だ!」と思った。
運命という言葉を使ったことはこれまでなかったが、写真を見ただけで惹かれるものがあった。
外見が可愛くて、綺麗というのもあるかもしれないけれど、それとはまた違う。
「何だろう?」
もっと彼女のことが知りたい。
そう思い、詳細な情報を読んでみると面白いことがわかった。
それは、私と彼女は同じような境遇でありながら、まったく別の道を歩いているということだ。
同じような境遇とは、世間的にいえば家が恵まれた環境であること。
私の家系が明治時代から続く政治家の家系であるのに対し、彼女の家系は同じく明治時代から続く有名大企業を営んでいるということ。
しかも、何の因果か、苗字が違ったからわからなかったけれど、その大企業とはVR機を開発した日本産業社だったのである。
そんな何不自由することなく育ってきたのは同じだが、生き様は正反対。
私は政治家の道には進まず経営者の道を選んだけれど、結局国の歯車の一つとして権力に対して従順に生きてきた。
『強くなければ何もできないし、守れない』
そう思って、小学四年生から影響力のある人間になるために励んできた。
ところが、彼女は本名である加納凪沙ではなく、姓を変えて三位凪沙として幼少期から芸能活動している。
しかも、プライベートは厳重に守り、自分の父親である加納社長の威光は一切借りず、世界的にもトップアイドルとしての座を獲得している。
そんな彼女にプライベートに関するスキャンダルは一切ないものの、アーティストとしてのスキャンダルは誰もが知っているくらい有名だ。
彼女のマネージャーに就いた人は、短くてその日。長くても半年で辞めてしまい、芸能界から退いてしまっている。このことから、彼女は仕事のパートナーであるマネージャーを辞めさせているという風潮から、パートナーキラーと呼ばれている。
さらに、彼女は現代社会に反発するようなメッセージソングを歌うことが多く、マスメディアには「尾崎豊の再来」「反逆の歌姫」とも呼ばれ、社会現象にもなっている。
(そういえば……我が社でも彼女を起用しようとしたことがありましたが、日大連に良く思われていないことがわかり、計画は中止になりましたね)
今更思い出すこともあったけれど、要するに彼女は自分の想いを歌という形で表現してきたのだろう。
知りたい。
どんな覚悟があって。
どんな思いがあって、まだ20代にもならない少女がアーティストの道を選び、突き進んできたのか。
パートナーとはすぐに会えるみたいだから、早速それらの答えの片鱗に触れる機会が訪れることが楽しみである。
「さて、これ以上質問がないようですので、あなたをはじまりの場所までご案内します」
受付の女性がエアーキーボードに入力すると、「Game Start!!」というロゴが前面に、立体的に表示される。
「それでは、いってらっしゃいませ」
女性が笑顔で送り出してくれると、次第に彼女の姿が消えていく。
すると、次の瞬間——瞬く間に周囲の真っ白の空間が変化していき、いつの間にか私はホテルのロビーのようなところに立っていた。
再び周囲を見渡してみると、豪華とまではいえないが、しっかりとした造りの建物内にいることがわかる。
しかし、私のパートナーである肝心の女性——三位凪沙の姿はどこにもなかった。
仕方なく、先ほどとは別人の受付の女性に尋ねることにした。
「すみません、三位凪沙さんはこちらにまだ来られていませんか?」
「三位凪沙様ですね。約六時間前にこちらに来られ、つい先ほどこのメモを残してどこかに行かれてしまったようです」
「……はっ?」
どうやらユートピアに来て早々、トラブルに巻き込まれてしまったようです。
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